戦国時代

□信濃川
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―1548年―


真田幸隆を先攻衆に信濃を攻めた武田軍は、望月城を逃れ、布引城で抵抗し続ける望月信雅に降伏するよう求めた。
 望月家庶流の信雅は、弟の新六と共に宗家の望月氏に仕えていた。
 今回の戦で城攻めにあい、逃れた城で主は病死した。
 古い家柄に誇りを持つ信雅は頑なだった。同じ信濃の滋野一族の流れを組む真田弾正幸隆を再三説得に遣ったのだがはねのけられた。



「弾正殿、再び望月信雅殿のところへ参るのなら今度は私も連れて行ってくださらぬか?」
 同じく先攻だった武田典厩(てんきゅう)信繁は、手をこまねいている幸隆に声をかけた。こんな時にも嘲ることなく、穏やかな声音だった。


「典厩殿…。何か、策でもござるのか?」
 今まで策を弄してきた幸隆だ、人の心を捕らえるのも策だと思っている。

「策と言うほどのものではござらぬ。お屋形様は、信雅殿に望月家宗家を継がせ、領土も安堵すると申しておるのだ。後、足らぬものといえば信頼だろう?なら、話してみようと思う」
 伏せ目がちになると、男であっても思わず、ホゥ…とため息をつきたくなるほど哀愁漂っていた。



「そうですな。何より、お屋形様の次弟であられる典厩殿が参るのであれば、心強い」
 幸隆も同じ信濃人である自分が行っても駄目なら、お屋形様の名代に信繁なら箔がつくと考えた。



  ■□■□■□

「―よく望月氏が、降伏をのんだなぁ」
 信濃侵攻から五年の間、頑なに拒んできたというのに。
 秋山信友は、感心したように言う中に、信繁へのある想いがあった。
 信繁は、信友の横で穏やかな笑みを浮かべていた。


「お前、“寝た”のか?」
 そう、今までも使ってきた手段の一つだ。
 お屋形様が父、信虎公を追放したのを面白く思わぬ者たちを懐柔する為に契りを交わした。
 信友は、いち早く信繁のその行為を知ってしまった。しかし、やめろとも言えないし、円滑にまとめてる―と、思えば、反乱分子を斬り捨てる事もあった。


「信頼を得るにはいい手だろう?」

 今年で24歳になった信繁だが、元服前の少年にはない色香があった。これで、来年には、二児の父になるのだから信じられない。


「弾正殿に手柄を譲ったろう。ついでに口止めもした。だが、お屋形様に報告された」
 信友は、その経緯を知ってるかのように話した。
「ああ、弾正殿は忠義者だ。―お屋形様に呼び出されているが、望月殿が来たときに行くと返事しといた」
 たいして驚きも悔やみもせず、淡々と答える。

 どんなことをして降伏させたか幸隆には悟られたろう。そのことはきっと、お屋形様にはいってないはずだ。しかし、お屋形様とて、見抜く力はある。


「普段なら、お屋形様を待たせるなんてしないくせに」
 何においてもお屋形様を優先する信繁である。

「まぁな。―今夜は酒宴となる。お前も呼び出されておるのだろう?」
 望月信雅が傘下に入った。その祝いだ。
「まかりなりにも侍大将だからな」
 けだるげにねっころがっていた信友は、起き上がった。
 信友が侍大将となったのは昨年のことだ。

 信繁の参内用の狩衣の紐が解けかけ、肩からずり落ちそうになっているのに気づき、直してやろうと手をかけた。
 と、その時、廊下を走る足音が聞こえてきた。


「―わっ!―だ、旦那さま、信繁様にお屋形様の使いの者が参っております」
 戸は開けっ放しだ。一瞬驚いて見せた下男は、頭を下げたまま、何を想像したのか、顔を真っ赤にしている。


「望月殿が来たのだろうな。仕方ない、説教されに行くか。じゃあ、信友、また後で」
 信繁は、眉間にしわを寄せ、たちあがった。
 それが、「お楽しみのとこを邪魔されて不機嫌になった」と、思ったのか、下男は青ざめ、さらに頭を深く下げた。



「藤助のすけべぇ〜」
 信繁が出て行くと、信友は下男に向けてニヤニヤと笑った。

「な…!某は別に、旦那様と信繁様が何をなさってるかなんて、知りませんよ」
 慌てて否定するが、正直者である。

「やっぱり、やらしい事考えてたんだぁ?」
 面白くなってついかまってしまう。
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