戦国時代

□若芽が育む処
1ページ/2ページ

「とりもちなどしかけずとも、武士の子なら、弓で鳥を仕留めたらどうだ?」
 山にとりもちを仕掛けに行こうと走る三枝宗四郎(11)に、小幡孫次郎(14)が、馬鹿にして言う。

「やれやれ、小幡殿は生け捕ることの難しさを知らぬようだな」
「何を―…!?―弓を射る技術も持たぬものに、とんだことを言ってしまった」
 初め、顔を真っ赤にした孫次郎だが掌を顔の横で天に向けてしれっとする。
「弓が得意とはしらなかったな。さて、獲物は、牛や亀かな?」
 宗四郎も負けじと嫌味を言う。
「なんだとぉ!?」
 孫次郎は、宗四郎の衿を掴む。そこへ―

「宗四郎どのぉ、小幡どのぉ、喧嘩はやめて下さい」
 宗四郎の後を追いかけてきた金丸平三郎(9)が声を張る。

「平三郎…」
 二人が平三郎の方に振り向く。

「また、大人達に叱られますよぉ」
 二人よりも幼い平三郎が、止めようと必死になる姿は可愛らしい。だが、もう少し大人ならやめようが、何分、血気盛んな年頃だ。



「山のてっぺんの杉の大木に先に触った方の勝ちな!」
 勝負しようとどちらかともなく言い出し、山の入り口から頂上を指差した。

「山の中には、マムシやスズメバチがいて、あぶないんだぞぉ?」
 昌胤に常日頃言われていた。
「なんだ、怖いのか?」
「怖くなんかないさ!」
「ちょっと二人共ぉ…」
 平三郎が止めるが、勝ちん気の強い二人がきくはずない。

「平三郎はここで待ってろ」
 そう言うと、山の中に入っていった。

 何もない山への一本道。獣のほかに通るものがいるとすれば山伏か草のものぐらいじゃないかと思われる。

 一人残された平三郎は、鳥の羽ばたく音にびくっとした。風の音が不気味に思えた。


 日暮れになっても二人は戻ってこなかった。
 心細くて、何度家に帰ろうかと思ったことか。
 そんな時、馬の蹄の音が聞こえてきた。


「―あれぇ?平三郎?孫次郎を見かけなかった?もうすぐ日暮れなのに邸に戻ってないって、孫次郎の母上殿が捜しててね」
 馬上から声をかけてきたのは原昌胤だった。

「小幡どのは、宗四郎どのと山の中です」
 知った顔に安堵した。

「また山の中で迷子になってるんじゃないだろうな。マムシやスズメバチがいて危ないって言ってるのに」
 昌胤は馬から下りる。

「小幡どのが悪いんじゃないんです。宗四郎どのが勝負だなんていいだして…」
 平三郎は、なんと言っていいかわからないながらも必死になった。

「大丈夫。叱ったりなんかしないよ。それより…」
 こちらを向いて近寄ってきた。そして−

(え?)

「心細かったね、もう大丈夫だよ」
 ふわりと抱きしめられた。
 すっぽりと覆われ、押し付けられる温かな胸にドキドキした。


山の中に入っていった昌胤は程なくして戻ってきた。
 その背中に宗四郎が背負われている。

「宗四郎どの!?」
 駆けつけると、顔や手にかすり傷があり、着物は埃かぶれで、あちこち破けていた。孫次郎の方を見やると、同じように汚れていた。

「足、けがしたんですか!?」
「なんでもない!」
 背負われてるのでそう思ったのだが、宗四郎に強い口調で否定された。

「こいつ、意気込んで行って、窪みにはまったんだ。変な風に落ちたから、足を捻ってな。背負ってくるの大変だったぞ」
 いくら小さいとはいえ、山道を背負って降りてくるとは…同情の色を隠せない。
 でも、なんだかんだ言って見捨てなかった孫次郎は、昌胤に頭を撫でられている。


「じゃぁ、帰ろうか。皆心配してるよ」
 宗四郎を馬の背に乗せ、手綱を引いて歩き出す。
 暗い道だというのに、さっきまでの不安はなかった。そればかりか、昌胤の頼もしい姿に気分を高揚されていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ