戦国時代
□たけだ家・ひそやかに
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薄暗い部屋でぼんやりとしていた信親は、人の気配にビクッとした。
「暫くだな、信親殿」
「弥三郎殿?」
出家し、御聖道様と呼ばれている信親は、自分をその名で呼ぶ数少ない者の中で又従兄弟の小山田弥三郎だと、声で判断した。
「元気そうでなによりだな」
ほんのり微笑んで月並みなことを言う。
「弥三郎殿も」
目の見えぬ信親も同じように返すのは、単なるご機嫌伺いではなく、言い難いことを言いに来たと察しているからだ。
「……」
「義信様が腹を召した」
静かな声で伏せ目がちに口を開く弥三郎の辛さが気配でわかった。
そして、「残念だ」と、呟く。
「―兄は、本望だったと思うよ」
「本望な死などあるものか!なぜ人は死ぬ?義信様だけじゃない。兄上も父上も…。すまないお主とて辛くないはずないのに」
弥三郎は、女のような優しげな顔を崩さないのに苛立ったのかもしれない。
「目が不自由なだけで寺へ預けられた私は、死んだものの菩提を弔っていたわけじゃないよ。生きてるものへ死ぬなと叫んでた」
「それは、義信さまをもか?」
喉が渇いているのか、その声は掠れていた。
信親は、下女に茶を持ってくるよう命じた。
「この世は理不尽だね。死んで欲しくないものが死んでいく」
最初に経験した死は弟だった。生まれたときから病弱だった幼い弟は、熱が下がらず死んだ。
「―義信兄上は、病魔に冒されていたんだ」
「!?」
弥三郎は息を呑んだ。
「立ち上がるのも不自由なお身体でよく潔くなれたと、誉に思うよ」
せめて最後は武士らしくと、切腹を請うた。
「そ、そんなだって…。私には何も…。まさか、お屋形様はご存じなかったのか!?」
「ううん」
動揺する弥三郎に首を横に振った。
「父上は知ってた。だから切腹をお許しになったんだと思うよ」
お屋形様は義信を幽閉はしたが、廃嫡したわけではなかった。病のことは隠して療養させ、回復してからそれを解きたかったのかもしれない。しかし、義信の病は治らなかった。
「……」
そのことを知らず、ただ駿河侵攻を反対しただけでひどい仕打ちだと感じていた。