戦国時代
□敗け戦の先には
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村上との戦いに、武田軍は、初めての大敗をした。
「−お屋形様は辛いだろうに、何も言ってくださらぬ。板垣殿は、お屋形様にとって、父親のようなお人、それを失って、さぞかし、無念に思っているはず」
秋山邸にて、信繁は、盃片手に嘆いていた。酒のせいで、頬は紅潮し、据わった目は、信友を責めるように睨んでいた。
「信友!私は、お屋形様の信頼に足りぬか!?」
「−で、お屋形様はどうしておられるのだ?」
信繁の愚痴に慣れている信友は落ち着いていた。
「……。何も…。部屋にお一人で篭っておられる」
しばらく無言だった信繁は、俯いて、グッと拳を握り締めた。
「−て、あ、おい…」
身体を震わせているのに、泣いてるのかと思って、肩に触れようとすると、倒れこんできた。そのまま、胡坐をかいた上に頭を置き、寝いいってしまう。
「まったく…」
信友は、吐息をついて、顔にかかった髪を掻き分けた。
(相変わらず、綺麗にしてるなぁ)
目を閉じると、頼りなげになる寝顔にドキッとした。
「信繁…」
お屋形様の口調を真似て、耳元で囁く。
「ん…、あに…う…」
「……」
酒のせいか、目尻にたまっっている涙を指で絡め取り、唇に唇を重ねた。
「秋山のケダモノ、悪趣味、変態」
いきなり庭のほうから声がして驚いて飛び上がった。
「源五郎!?」
「お屋形様のふりして、信繁殿を手篭めにしようとは、不埒なりっ!成敗してくれる!」
鋭い金属音と共に抜刀する。
「ちょっ…、まてっ、落ち着けって」
あわあわと、手を振り回した。
「言い訳無用!信繁殿が油断するお屋形様に似た顔を利用して、あまつさえ、唇を奪おうとは、言語道断!」
「!?」
その言葉にうっと、息を呑んだ。
(お屋形様と似た顔か…)
信繁がこんなに無防備なのは、己の顔のせいか…。
「源五郎、今のキツ…」
信友は、口を手で覆った。
「−悪かった…。こんな時に」
躑躅ヶ崎の館で、皆が沈んでいる姿を散々見てきた為、ふざけすぎたと思った。
「−秋山と典厩殿が念者だという噂は、本当だったのか」
先ほどの会話をきいていたらしい、源五郎の後ろからひょっこり現れたのは、横田彦十郎だ。信繁と同い年なのに、よっぽど男くさい顔をしている。
「彦十郎…、何を見てそんな風に申すのだ。馬鹿も休み休み言え」
昔なじみの彦十郎には容赦ない。
「横田殿、大事な話なら、私は屋敷に戻ります」
源五郎は、遠慮して、後ろに一歩下がった。
「いやいや、典厩殿ならこちらにいると思うてな。皆で慰め会でもと…。ほら、昌豊もきたようだ」
門の方をのけ反って見た。すると、本当に昌豊の声がした。
「若い連中が、一ヶ所に集まって、何か、やばいことの会合かと思われるぞ」
信友は呆れた。
源五郎も昌豊も信繁目当てだろう。それは、謀反の相談かもと思われるかもしれない。
「お、彦十郎、それに源五郎も。典厩殿もやはりこちらにおいでか」
昌豊は、嬉々として言った。
「せっかくきたのに、信繁…典厩殿はこんなんだぞ」
酒によって眠っている信繁を指差す。
「?別にお主は、信繁とおよびしていいんじゃないか?」
最近では、人前で、呼びつけにしないように気をつけていた。いくら幼い頃からの付き合いとはいえ、お屋形様の弟だ。側室腹ならともかく、れっきとした、正室腹なのだ。
「とりあえず、上がらしてもらうぞ。ほら、昌豊もそんな所で立っておらずとも。源五郎も上がれ、上がれ」
酒の入った瓢箪をぶら下げて、手招きする。
「ま、あれだ、典厩殿は、相変わらず、何かあると必ず秋山のへいく」
彦十郎は、信友の膝の上で、寝息を立てている信繁の顔を覗き見る。
それにつられるように見た昌豊の頬が、ポッと赤くなったのは気のせいではないだろう。