戦国時代

□たけだ家・誓い
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 長篠の合戦で、信玄時代の主たる武将達は、織田軍の砲撃に倒された。



「皆、いなくなっちまったな。昌景も内藤殿も彦十郎も…」
「秋山…」
 同期の秋山信友と春日昌信は、とくに感慨深い。

「穴山信君と、信豊を切腹させるように諫言したんだってな。相変わらず過激だ。信豊は、信繁の大事な忘れ形見だってぇのに」
 春日が、信繁を特に慕っていたのを知っている。そして、秋山にとっては、大事な親友だった。

「だからこそだ。典厩殿の恥になるようなことはしてはならぬ。禄に戦わずに敵前逃亡などと…。そのおかげで、余計、犠牲者がでた」
 そんな言葉に、秋山は、難しい表情をした。勝てぬ相手に恐れを抱かない人間のほうが少ないのではないか。


「だったら、某も切腹かな?とうとう逝き遅れてしまった」
 いきなり声がして二人は驚いた。
「い、一条殿!?」

 一条もやはり、設楽が原に出陣して、生き残った。


「甲斐を思っての進言だとは、わかっているけど、勝頼を憎むなって言ったら怒るかな?」
 一条にとって、勝頼は甥っ子である。

「当然ですよ。あの人は、信玄公が…お屋形様が築き上げたものをすべて壊している。国も家臣団も、我々の想いも」

 信玄公の元の栄光は、消えてしまった。


「今になって思うと、信繁は、幸せだった。あいつは、お屋形様の為に死ねた。板垣殿も甘利殿も」

「でも、お屋形様は泣いていた。−もし、典厩殿が生きていたならって、思ってしまう」

「でも、信繁はいないんだ」


「−信廉殿は、どうしてる?」
 昔は明るく、よく話していた信廉が、近頃、塞ぎがちなのが気になった。特に今回の戦では、嫡男を失ったのだから。

「相変わらず、戦以外の時は、絵を描いてるよ。−そういえば、この戦のすぐ後、馬の絵を何枚も焼いたのには、さすがに、気がふれたかと思った」
 それが、何を意味するかは、わからないが、きっと、信廉には信廉の思いがあるのだろう。

「信繁が生きていたら、あんな感じになっていたかなぁ?実際、似てるから見ていて辛いな」
「そうだ。だから、敗退してくる兵の中に、信廉殿を見つけたとき、ホッとした」
 年の近い信廉は、共に戦ってきた戦友ともいえた。

「何か、声をかけたのか?」

「何も…。信廉殿も呆然となさっていた」

 今回の敗戦がいかに堪えたかがうかがえる。

「きっと、泣けなかったんだな」
 信繁が死んだとき泣けたのは、お屋形様がいたから。

「だけど、勝頼だって、辛いんだ。将達に、死ねとは言わなかった。武田家最強の兵なれば、長篠城を取れると思ってたんだから」
「それを、皆、死ぬ時と思って、突っ込んでいったと?−それには無理がある。あいつらは、いつ死のうかって、話し合ってたんでぃ」
 勝つもりだった勝頼と、勝てぬ戦と割り切っていたお屋形様子飼いの将たちでは、想いが違っていた。生きて勝頼に仕えるよりも、死んで、お屋形様に会いたかった。



「もう、皆に、希望はない?」
 一条とて、お屋形様が好きだった。けれど、勝頼を支えろと、残す者たちを励ませと、仰せになられたから。しかし、勝頼は、信廉をはじめとする親類衆をも、家来としてしかみなしていなかった。
 信廉が落胆するのもわかる。彼は正室腹で、勝頼は、側室腹だ。しかも、彼の母親は、武田家を恨んで死んでいった。



「もう、皆が死ぬのはいやだ」
 いつまでこらえられるかわからぬ現状。
 北条と同盟を組んでも先はわからない。


「弾正殿は…。やっぱりいいや。某は、弾正殿を止めたから、なんとしても生き延びようと思った」

 お屋形様が亡くなったとき、昌信が、自害するといったのをとめたのは、一条だ。その後、土屋昌次を止めたのは昌信である。
 しかし、その時、死ぬときは今じゃないという説得に、今回の長篠の合戦が潮時だと、皆が、決してしまった。



「−しゃーないから、俺は、お前より長生きしてやるよ。泣き虫の源助や」
 秋山が昌信の額を小突いた。
「別にお主が死んだからって、泣かないぞ」
 痛がる振りをして憎まれ口を叩く。

「某も、弾正殿のために長生きしようかな」
 一条も同意した。



 しかし、その年の内に、織田軍により、岩村城を包囲され、長い篭城の末、降伏。秋山信友とその夫人は、共に逆さ磔にされた。城内の者は助けるという条件も虚しく、皆殺しにあった。
 その三年後、春日昌信は、病死した。
 武田家が滅亡したのは、さらに四年後のことである。





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