豊臣家の一族

□信康切腹
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 信康は女物の輿が岡崎城から出て行くのを見た。

「母上かな?」

 そう呟くが、なんだか胸騒ぎがした。


「おい、母上はどこに出かけられたのだ?」
 身近にいた侍女に聞いてみた。

「大殿に呼ばれまして浜松城に参りました」
「父上に?」
(何用なのだろう?)
 年上で気性の激しい母を普段から遠ざけているというのに。





「何だと!?」
 数刻後父の使者によりとんでもない報せを受けた。

 母が斬殺された。しかも打つ手を向けたのは父だという。


(いったいなぜ……?)
 確かに夫婦円満とはいかなかったが、父が母を殺すほど憎んでたとは思えない。


(もしや、徳が?)
 母と妻の関係はあまりうまくいってなかった。
 信長に脅され、父は仕方なしに母を殺したのか…?

(私に相談せずに)
 それが悔しかった。

「誰かおらぬか!?」
 叫ぶとすぐに侍女が来た。

「徳を呼んで参れ」
 真偽を確かめたかった。
「お方様は頭痛がすると申されまして、朝から休んでおられます」
「じゃあ、私から参る」
 そう言って立ち上がった。
「ですが、誰も近づけぬようにと…」
「夫の私が妻の見舞いに参るのだ。不都合はあるまい」
 足音を大きく、廊下を歩いていく。




「徳、具合が悪いそうだな。どうだ?私と話ができるか?ま、最も義理とはいえ、母上を殺したのだ、何も言えまい」
 信康の声は自分でも驚くぐらい冷たかった。
 徳はおびえて肩を震わす。

「との…、今回のこと、私が望んだことではございません…」
 掠れ掠れに言葉を紡ぐ。

「何かしたのか?」
 いつもは見せぬはかなげな感じに信康は気を抜かれる。

「父の元に送ってしまったのです」
「徳?信長殿に何を送ったのだ?」
「わかりませぬ。嫁いでくる前に不満があれば送るよう言われたものでございます」

(信長ははじめから母を殺すつもりだったのか?否、今川の血を消すつもりか)
 その考えがあってるとすれば、次は…。
 信康の顔から血の気が引いた。



「浜松へ行く。徳、福と国を頼む」
 女子とはいえ、今川の血を引くわが子を案じる。

「殿…」
 信康が出てった後、徳は顔を手で覆った。


 信康は急ぎ浜松へ着くと、肩で荒い息をしながら家康の元へ向かった。


「父上、母上を斬殺なさっとはどういうことですか!?」

「信康、長松を養子にするつもりはないか?」
「質問したのは私が先です」
 こんなときに何を言い出すのか。

「では、答えてやろう。お主に蟄居を命じる」
「父上!?」

 ガタッ


 障子がいきなり開き、鎧兜姿の武者達が信康を囲った。


「誓文は書いてもらうぞ」
 押さえつけられ、元より書かれた誓文に指先を斬られ、押し付けられた。

「つぅ…。なぜです!?父上」

「お主と筑前が武田に通じていると密告があったそうだ」
「そんな…。父上は…信長殿は真偽のはっきりせぬ密告を真に受けるのですか!?」
 家康も嘘だと信じてる。しかし…。

「信長殿は同等の立場でわしに選ばしておるのだ」
「同等?」
 意味がわからない。
「こっちには人質がおるのだ」
「……」
 徳の事だとわかった。
 信康は本多作左衛門に命じて閉じ込めてきた。
 徳を殺し織田と合戦してもよいのだ。

「信長殿は私も殺せと言ってきたのですね」
 信長もこの命をかけ、家康に選択を迫っている。

「父上、誓文を書きます。長松を私の養子に、そしてお義伊を父上の第一子に」




 信康は大浜の称妙寺に監禁され、その後、二股城に移された。

 家康は廃嫡のみで許しを請うたが聞き入れてもらえず、信康は切腹した。


 家康は長松に竹千代の名を与え嫡男とした。

 お義伊は、小牧・長久手の戦いのあと、人質として秀吉の養子となる。

 信康の二人の娘は家康の家臣に嫁ぎ、孫の本多忠刻は、秀忠(長松)の娘、千姫の再婚相手である。

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