戦国時代4
□譲り葉
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―1556年―
典厩殿が生まれた女の赤子に『ゆずは』と名づけたのを秋山から聞いた。典厩殿そっくりのかわいらしい姫だと―
「―千曲川の川端には葦が茂り、伏兵を置くに好都合なれば、謙信公をこの所まで追い出し、雌雄を決しましょう」
軍議の場、山本勘助がここぞとばかりに意見を述べる。
「では、その場に大将・謙信をおびき寄せる軍法はあろうか?」
信玄は問いかけた。
後で考えてみると、既に前もって勘助が取ろうとしている軍法を知っていたのではないかと思う。
「謙信公は、生来強力で武術の達人でござる。良い大将と見れば、自身の働きを好まれる。ここに計略がござる」
勘助はもっともらしいことを言い、じらしてるようだ。
しかし、信玄はあせらず次の口を待つ。ここでも、そうと読み取れる。
「ならば、お屋形様の御舎弟の典厩殿を先に立て、上杉の陣に向かったら、謙信公の出馬間違いなし。その時、味方は一応戦うふりをして逃げて見せれば追ってくるはず」
「その時、伏兵が討って出るのだな」
勘助の意を理解し、信玄公が告げる。
「はっ、その通りにござる」
恭しく頭を下げる。
さすが山本勘助と感嘆の声がざわついた。
「勘助殿、名の通った武将なら武田の軍には大勢おるのに、何故、典厩殿を名指しする?それを決めるのはお屋形様ではござらぬか?」
工藤昌豊は、よく通る声で言った。勘助を良く思わぬ者がそうだそうだと同意した。
「武田一の武将は典厩殿の他おるまい。それとも、工藤殿は典厩殿より優れたものがおるというのか?」
昌豊はムッとした。
「工藤殿が仰る通り、名の通った武将は沢山おる。私ばかり手柄をとっては立つ瀬がござらぬだろうが、山本殿とて、思案し、私が良いと言っておるのだ。あとは、お屋形様が決めること」
それまで黙っていた典厩信繁がやんわりと言った。
「拙者は、手柄欲しさに言ってるわけではありませぬ」
(ただ、典厩殿が心配なだけだ)
グッと、拳を握り締めた。
「宿敵・謙信をおびき寄せる為ならわしが行きたいぐらいだ。しかし、大主の身では行けるはずもない。信繁はその代わりだ。他の誰にも務まらぬ。行ってくれるか?信繁」
その場を収めるためか、自身の代わりだというところに力を入れる。これでは誰にも反論できるはずもない。
果たして、山本勘助の計略は成功し、信繁におびき寄せられた謙信を囲った。謙信に従った三十二騎はよく戦ったが、討ち取られ、五騎ばかりと犀川へ落ちていった。