戦国時代4

□謀反
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『何を考えてる?なんてきかねぇ。大事なものは自分だろ?甲斐源氏の血筋だとか、お屋形様の実弟なんてのは関係ねぇ。自分がどう生きてるかだけだ』

 〔家}を大事だと思えなくなったと、悩んでいたとき、信元が言った台詞だった。
 大事に思っていた姉が亡くなったとき、その喪失感からか血縁者に対し愛情が冷めていったのだ。


 だから、信元が信州の豪族と通じてると知ったとき、簡単に斬ってしまえと思った―。




「どうして、私にも報告してくれなかったんだ?信元を説得できたかもしれないのに」
 信繁は険しい表情で信廉に迫ったときには既に信元は斬られた後だった。
 信廉は草の者を使って家の内、外へと目を光らせることをお屋形様から命じられていた。

「信繁兄上は昔から信元殿のこと、特別に想ってらっしゃるでしょう?状が移ってはいけないと思ったからです」
 お屋形様に刃を向けたなら迷わず斬るだろう信繁の性格を良く知ってるが、また、情に厚い。

「馬鹿な!お屋形様の敵となったなら覚悟がある。無駄に戦場で多くの者を斬ってきたわけではない」
 信繁は身体を奮わせた。

「でも、兄上は優しいから、信元殿を逃がさないか心配です」
「信元は従兄弟だ。気を許してたっていいだろ…!?」
 苦しそうにいい、ギリッと下唇をかみ締めた。
そして、フイッとそっぽを向いていってしまう。



「−信廉殿…」
 後ろから心配そうに名を呼ばれ振り向いた。
「昌景殿」
 どこから聞いていたのか、不安げな表情だった。

「某は、お屋形様の命だから勝沼殿を斬りました。当然典厩殿も納得の上かと思ってましたが」
 昌景は兄の飯富虎昌からお屋形様の命令は絶対であると教えられてきた。理由など要らない。理不尽だろうがそれを実行しなくてはならない。それが主に仕えるということ。

「兄上に辛い決断をさせたくなかった。これも一種の情かな?」
 辛くもないのに、今にも泣き出しそうな眼を向ける。
 昌景はギュッと拳を握り締めた。信廉は心が病んでいる。ずっと、間近で見てきた昌景だけが気づいてる。もしかしたら、お屋形様もわかっていて、家中を見張らせるようなことを任せてるのかもしれない。

「もし、貴方を斬らなくてはならなくなったときは某が斬ります」
 信廉の最期の瞳に映るのは自分であって欲しい。
 何もかも受け入れるから。
 拳を握りすぎて爪が食い込み血がにじみ出た。

「うん…。私も最期はお主の顔を見ていたい」
 そんなもしもはこないほうがいいのに、考えてしまうのは信元を失った後だからだ。

「…信元殿は貴殿に斬られて幸せだ」
 ふと、小さく零れた。
「え?」
 昌景は聞き漏らしたわけではなかったが、怪訝そうにした。
  
「いや…なんでもない。いくらお屋形様の命令であっても私はお主を斬れるかわからぬな」
 信廉は昌景の手を取り、血が出ている掌を舌先で舐めた。瞬時、手を引いた。

「―汚れます」

「汚れぬよ」
 微笑んだ信廉の赤い唇にぞくりとした。

「私とて、この手で幾人もの人を斬った。武士の定めだ。そうだ、信繁兄上は、お屋形様に罪人を斬らせては汚れるといった。命を絶つことには変わりないのに」
「それは…」
 昌景は信廉が言わんとしてることを止めようとした。

「昌景殿も我らと民草とでは命の重さが違うと申すか?実際そんなことないのに。それなら何故信元殿は斬首された?お屋形様の従兄弟で信繁兄上に次ぐ親類衆であるのにな」
 信元の斬首に肯定的だった信廉の口から出る言葉に自ら苦笑する。

「もし、裏切ったのが、一介の村人だったなら国外追放か人買いにでも出されただけだったのではないか?」

 命の重さと等しく、罪も重くなる。
 昔、悪政を強いる信虎を諌めただけで斬られた家臣はどれほど罪深かったのだろうか?それこそ、罪は重く命は軽かった。昌景の父も同じく信虎に註された。


「あまり考えませぬな」
 昌景は肩をつかんで下から口付けた。戦で発する雷のような声ではなく、静かな声だった。

「そうする」
 唇を放すと、苦しそうな眼を向けた。

 信繁のように信元の死を哀しむわけではない。

「信元殿も私と同じように本当に欲しいものをもらえなかったのだろう」

 考えても仕方ないことだ。答えを聞こうにも本人はもうこの世にはいない。

「信廉殿」
 昌景が心配そうに声をかけた。

「大丈夫だ」
 いつもより低めの声。

「お屋形様は某が沈んでると思って、気に病むことないと申されました。某は命令を実行しただけだと。お屋形様は某の胸の痛みさえも背負おうとなさっておいでです」

 信廉はそれを聞いておもむろに目を閉ざした。





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