戦国時代4

□朱焔
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−1546年−



「ハタチで侍大将なんてすごいな」
「彦十郎か?いや、実力実力」
 原彦十郎が秋山信友の姿を見つけ声をかけてきたのに、軽く答えた。
 今夜は信友の侍大将昇格の祝いの宴が躑躅ヶアの館で行われる。


『最年少の侍大将だからってへらへらしやがって。お屋形様の異母弟だとでも言って取り入るのは簡単だったろうよ。信任殿もお気のどくにな』
『まったくだ。父親をさっさと隠居させるとは似てるのは顔ばかりではないな』
 ひそひそと男たちの声が聞こえ、
「おいっ!」
 彦十郎が文句を言おうと睨み付け、男達に近づこうとしたのを信友が制した。

「ただのやっかみだ。放っておけ」
 熱くなった彦十郎と反対に信友は冷めた目をしていた。
 秋山家は名門とはいえ武田家の家臣たちは己に流れる甲斐源氏の血が一番だと信じて疑わない。


 その日、日が暮れる少し前から宴が始まった。
 譜代の重臣たちに外様の足軽大将らも混ざってほとんど無礼講といった感じだ。もちろん、足軽大将の彦十郎もその席にいた。

「ほんとっ、お主はいいやつだよなぁ。年下のクセに敬語は使わないわ、えらそうだわ、俺のこと呼び捨てだけど、思いやりがあって我が強くて、後なんだぁ?」
 酔った頭で思考がまとまらずに言いたいことだけ言ってるようだ。

「とにかく、典厩殿が気を許してる理由がわかる」
 肩をポンポン叩いてきた。
「そりゃどうも」
(馬鹿力で叩くな!)
 痛くとも、酔っ払い相手に文句も言えず、心の中で文句を言った。

「お主は若いくせに懐が大きい。いよっ色男!」

(彦十郎なりに慰めてるつもりかな)


「あいつらの言う事なんて気にしてないさね」
(癇に障ったのはお主だろう?あいつらの言うことが真実かもしれないのに)


「いじめられたのか?信友」
 そこへどこから聞きつけたのか信繁が話しに混ざってきた。

「俺がいじめられるかよ」
「確かに」
 ププッと吹き出す彦十郎を睨んだ。

「ならいいが。まだ年若いお主の出世をやっかむ輩はいるだろ」
 信繁は心配そうにする。

「そうだぞ。足軽大将だってなるのは大変なのに、一気に侍大将だなんて、やっかまれて当然だ。もっと慎重な面持ちになれ」
 桜色の小袖に袴姿の春日源五郎がやってきた。つい先ほどまでお屋形様の配膳をしていた。

「源五郎。お屋形様をほっといていいのか?お主はお屋形様のお気に入りだろう?」
 信友はうっとーしいのがきたなと、眉間に皺を寄せた。
「きちんと断ってきたから大丈夫だ。―お主は全然嬉しそうじゃないな。侍大将はそんなに不満か?」
 つんっと、眉間の皺めがけて指を突かれた。
「不満がっちゃいないさ。ただ、譜代の家臣は大勢いるのに、若輩の俺がと思うとな」
「お主がそんな裂傷な性質か?私は、譜代でも外様の二世でもないからな。侍大将となったらそれは実力だ。年若くたって関係ない」
 以前、戦についていきたいと泣きついてきただけあって強い思いがあるようだ。

「典厩殿ぉ、こいつぁ、自分がぁお屋形様に似てるせいで信任殿が隠居させられたといわれても怒らないんですよぉ〜」
 彦十郎は呂律が怪しいながらも言いたいことが言えて満足した。

「そうなのか?」
「酔っ払いの言うことだ気にすんなよ」
(何がそうなのか?だよ。今更だろ。そんな陰口。あと、この顔で信繁に取り入ってるだの)

「いや、私も聞いたことなかったからな。お屋形様も信任殿の隠居にはいぶかっておられた」
「なんだよ、それ!お主は、父上が…信任が俺の出生を疑ってたって言うのか!?嫌になって府中から遠のいたと?」
 興奮し、自然怒鳴るような声になると、彦十郎と源五郎がビクッとした。
 信友が怒鳴るところなど見たことのない源五郎がおろおろとするのに嘲笑った。

「お主は信任殿の子だろ」
 信友の激情などものともせず、静かな声音で言った。それこそ今更だとでも。

「落ち着けよ。こんな席で。何も典厩殿は悪気があって言ったわけじゃないだろ。どうかしてるぞ」
 すっかり良いが冷めた彦十郎が周辺を気にしてなだめるが、皆、酒に酔ってるため、こちらの騒ぎには気づかない。

「悪気があってたまるか!信繁、ちょっとこいっ」
「おい、信友!?」
 信繁の腕を引っ張り、無理やり立たせると彦十郎がとめようとするのに、鋭く睨みつけ、黙らせた。お屋形様そっくりの顔はこんな時ものすごく迫力があった。

 大広間から大分離れてから立ち止まった。

「信友…」
 心細げな声で名を呼ばれ、手を離すと、つかんでいた手首に赤く手のあとがついていて、罪悪感が芽生えた。

(俺が護ると決めたのに、傷つけてどうすんだよ…)

「どうした?」
 優しく問いかけてこられ、平静さを取り戻した。

(でもな…)

「お主が俺にだけ抱かれたくないのは、異母弟かもしれないからか?」
 誰にでも身体を許す信繁が自分にだけ頑なに拒むのは、そういう思いがあるからだと感じた。

「違う。そんなこときくのはおかしいぞ。それともお屋形様の異母弟と認められたほうが楽なのか?」
 信繁の顔が青ざめたのだが、頭に血が上った信友には気づかない。

「楽なのかもしれないな。ずっと、疑問だった。新羅三郎の子孫は沢山いるだろ。それなのに、俺と晴信公だけどうしてこの顔に生まれついた?」
 譜代の家臣たちのほとんどが新羅三郎から別れた同族だ。それなのに、従兄弟の信元や実弟の信繁より似てしまった。

「お主は信任の子だ、そして私の友だ」
 苦しそうに言う信繁をたまらず心が突き飛ばした。
(どうして、言い切れる?身勝手だ)
 信友の心の内に嵐が吹き荒れた。
 信繁の言葉を信じないわけではない。だけど、迷いがある。

 信繁に背を向けて大広間へ戻っていった。
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