戦国時代4

□青柳
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 ―1554年―




(雨が降りそう…)
 空を覆う暗い雲を見て金丸平三郎はそう思った。

(早く帰ろう)
 風呂敷包みを抱えて、駆け出したそばからポツリポツリと雨粒が落ちてきた。




「―平三郎…」
 駆け出した途端、後ろから誰何の声がした。
「孫次郎殿?」
 足を止め振り返ると、笠をかぶった小幡孫次郎が立っていて、笠の端を上げてこちらを見ていた。


(あれ?何だか様子が変…?)
 緊張しているように感じる。

「俺の邸が近いから雨宿りしていかないか?」
 いつもと同じ口調だったため安堵した。
「いいんですか?」
 ここから邸に帰るまでに本降りになりそうだった。

「あぁ」

(あ…、また…)
 感情がしまわれてしまう。

「急ぐぞ」
 返事を待たずに孫次郎の笠を被せられ、彼はさっさとかけていった。
「え?ちょっと、孫次郎殿!?」
 慌てて追いかけ、笠を返そうとすると、ギッと睨まれた。その恐ろしげな表情に平三郎は怯んだ。
 宗四郎と喧嘩しているときですら見たことのない、憎しみの込められた瞳だった。ということは…。

(私は、孫次郎殿に嫌われてるのだろうか?)





孫次郎の邸に着くと、下女から手ぬぐいを手渡された。その間もここまでも一言も口を聞いてなかった。



「兄者、お客様ですか?」
 誰かが来たと知った弟たちがわらわらとやってきた。

「はじめまして、金丸平三郎です」
 笑みを浮かべると、
「弟の光盛です。可愛いですね。兄者、どこから引っ掛けてきたんですか?」
 光盛がニタリとする。
 少し年上に見える光盛は痩せた体格で、平三郎より拳一つ分ほど背が高かった。


「馬鹿。どおでもいいから、着物を貸してやれ。お前の方が背格好が似てるだろ」
 ふん悪くいうがさほど気にした風でもない。兄弟のやり取りなどこんなものなんだろうと思う。宗四郎も弟とよく喧嘩していた。弟と年が離れているため、平三郎は、とにかく可愛がっている。


「あー、平三郎殿には小豆色が似合いそうですね。某には合わないのでしまってあるんです。部屋へいきましょう?」
「え?そんな、雨が止むまで土間にいさせていただければいいんです」
 光盛の誘いに戸惑ってしまう。
「いいからいいから。それまで暇でしょう?」
 手を引かれ強引に連れて行かれた。
 孫次郎の方を振り向くと無表情で目は虚ろだった。




「やはりよく似合いますよ」
 濡れた着物を没収され、代わりに小豆色のそれを着せられた。

「それに可愛いです」

「そお?」
 早い者ならすでに元服している歳なのに、可愛いなどといわれても素直に喜べない。

「兄者もそう思うでしょ?」
 居間へ連れて行かれると、着替えた孫次郎が囲炉裏の側で座っていた。

「うん、似合ってる」
 孫次郎が無表情の顔を上げて言う。

「ありがとうございます」
 礼を言うが、孫次郎の態度に訝しむ。
 いつもはこんなんじゃなかった。ずっと感じてる違和感を口に出しそうになり、下唇を噛み締めた。何故か、きいてはいけない気がした。
 平三郎にとって孫次郎は、宗四郎のように喧嘩相手とは思ってない。はるかに年下であるため、同等に見てもらえない歯がゆさはあったが、気を遣ってくれてるのがわかった。勉学にもよく励み、武芸にも秀でてるため憧れの的でもあった。
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