戦国時代4

□微かに
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 空が鉛色に覆われ、一雨きそうだった。
 山本勘助は、片足が不自由なため、降りだす前に住まいへは戻れぬと判断し、それでもできるだけ近くまではと歩みを速めた。
 諸国を巡った勘助は、駿河の今川家に仕官できればと思い面会を申し入れたのだが、今川義元は義理で一度会うただけで、それっきりである。美しいものを好む義元は勘助の醜い顔を嫌がったのだ。話を聞く興味もない。



 やはり雨が降り出し、木の下で止むまで待つことにした。と、その時、雷鳴が響いた。


「ヒヒーン!!」
 大きな音に驚いた馬がいなないて、乗っていた者を振り落とした。

「ぐっ…」
 地面に叩きつけられ呻いた。

「大丈夫か?」
 顔を見るとまだ若い男だった。浅黒くおだてでも美形ではなかったが、若さゆえの光があった。
 目が合った瞬間、目を凝らし息を呑むような表情をしたが、初対面のそんな反応には慣れてしまっている。


「―かたじけない。私の名前は武田信基と申す」
 しかし、恥じ入るように表情を消し、頭を下げられた。

(はて?武田といえば、甲斐の国主の武田信虎が息子に追われ、駿河へきていたはず…)
 姿を垣間見ることはなかったが、武田には美形が多いと聞く、思わずしげしげと見てしまった。


「拙者は山本勘助と申す。こちらの木の下へはいりなされいくらか雨をしのげるだろう」
 腕を引いて促すが、今更泥だらけで雨をしのげるもないだろう。苦笑した。


「―勘助といったな。お主は今川の郎党か?」
 横柄な言葉遣いは、勘助を身分したと見たようだ。
 泥だらけになりながらも誇り高き態度に身震いした。

「いや、士官を申し込んだのだが、のらりくらりと避けられている」
「義元は、えり好みするからな」
 『美形好み』と言わないのは、勘助に気を遣っているのか。
「貴殿も仕官希望か?」
「誰が!あんなやつの家来になどなるかっ。―義元め、父上と謁見したとき、私を見て、『義父上のお子達は容姿端麗と聞いていたが、そなたのことではないのだな、残念だ』などと申した。確かに私は美形でも賢くもない。一国の主になるような器でもない。しかし、私にだって自尊心というものがあるのだ」
 そう悔しげに拳を叩いた。

(なるほど、気位が高いと見た)

「貴殿の父とは、甲斐の武田信虎公のことか?」
 父親がそれと知っての言葉遣いではなかった。
「そうだ。―お主、今川家に仕える事、諦めはしないのか?もしそうなら先は見えぬぞ?」

 信虎の子であることを自負してるわけではなさそうだ。それなら、何故父を追って甲斐から来たのか…。
(家督でも狙ったか?それとも、兄と折り合いが悪かったのか。―きく話でもあるまい)

「雨が弱まってきたゆえ、某は住まいに戻るとする。貴殿は?馬がないと帰れぬか?)
「いや、大丈夫だ」
 そういった信基の顔は青白かった。



 
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