忍たま乱太郎
□氷解
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入れ替わってみようと言い出したのは、仙蔵が先だったのか…。伊作も興味本位で頷いた。
事の発端は、仙蔵の首筋に情事の痕を見つけてしまったから。
『文次郎は乱暴でいかん。それに、痕をつけるなといってもきかんしな』
『留三郎はね、優しすぎて物足りないんだ。もっと激しくしてくれてもいいのに』
羨ましげにする伊作に仙蔵は微笑みかけた。
『じゃあ、化物の術を仕掛けてみるか。私が伊作で伊作が私に化ければいい』
六年間も一緒に過ごした相手と入れ替わるというのはばれる可能性が高い。それでもやってみたいと思ったのは、伊作も実は文次郎が初恋だからだ。
果たして、互いの顔の皮をかぶってみた。しかし、よく似た体系だが、違和感は否めない。
伊作は自室の薬箪笥から薬瓶を取り出した。
『媚薬だよ。思考が回らなくなって、ちょっとの違和感は気のせいだと思うはずだ』
『そんなの、留三郎に飲ませて平気なのか?』
仙蔵が心配そうに聞いた。
『一刻もすれば効き目はなくなるし、後遺症はないよ』
少しだるくなるだけだと自ら使った伊作が言う。ただ、効き目が切れる一刻の間がきついと、顔を赤めらせた。
『そうか。それを文次郎にも使うのか?』
『だって、文次郎には私だって、すぐばれちゃうよ』
『それもそうだな』
仙蔵はすぐ肯定した。
部屋の外に出た二人は並んで廊下を歩いていた。
「あ、留三郎だな」
向かい側から歩いてくる留三郎を見つけ、伊作の顔の仙蔵が呟いた。
「伊作、しっかり私のふりをするのだぞ?」
いいきかされ、伊作はごくりとつばを飲み込んだ。
「留三郎ぉー!!」
「伊作?」
仙蔵が手を振って走っていくと、留三郎がそれに気づいた。
「わっ」
そして、板の段差に足を取られ、前のめりに倒れかけたところ、留三郎にぶつかり手に持っていた用具道具を散乱させてしまった。
「っ…、大丈夫か?」
「えへへ、ごめん、留三郎、君こそ平気?」
もちろん仙蔵は少しでも伊作だと信じ込ませるため故意にやったのだ。
「ちょっと、二人とも怪我ない!?」
そうともしらず、保健委員の怪我人をほっとけない性の伊作が駆け寄ると、散乱していた丸い棒を踏みつけ、ひっくり返り、後頭部を打った。
「いたた…」
頭を撫でるとこぶができていた。
「珍しいなお前がこんなこけ方するなんて、伊作みてぇ」
留三郎に指摘されギクッとした。
「ホント、仙蔵っぽくないね。それとも私の不幸が伝染ったのかな?」
などと、伊作になりきった仙蔵が言う。
「いや、今のは私の不注意だ。じゃあ、私は文次郎を捜しに行くから」
すくっと立ち上がり、精一杯平静を装うと、二人と別れた。留三郎にばれないかヒヤヒヤだった。
*
「―ええい、へたくそめ!もおいい、自分でやるっ」
医務室の前を通りかかると中から文次郎の怒鳴り声がした。何事かと思い、戸を開ける。
「どおした?文次郎」
方肌脱ぎとなった文次郎とおどおどしている川西左近の姿があった。
「仙蔵…。こいつがうまく包帯を巻けないんで自分でやるといったのだ」
文次郎が怖くて緊張してるのだろう左近は、涙目だった。
(また、怪我して…)
「貸して」
伊作は包帯を奪い取るようにし、文次郎の左腕に巻いてやる。
「すごい、善法寺伊作先輩みたいだ」
左近が感嘆の声を上げた。
「こんなもの簡単だ」
できるだけ仙蔵に似せて倣岸な口調にしてみせた。
「さすが、立花仙蔵先輩」
ついいつもの癖で手当てしてしまったが、ばれてないようだ。
ホッとして、文次郎へ真顔を向けた。
「文次郎、話がある。長屋の部屋のほうへきてくれ」
「なんだよ、ここで話せばいいだろ?」
ここで誘いに乗ってもらわないと困ってしまう。
「馬鹿かお前は、下級生に聞かせられない話だと察しろ」
(こんなこと言って、後でばれたら、文次郎に怒鳴られるな)
「−わかった」
承諾され、心の中で破顔した。
*
「―それで、何のようだ?」
仙蔵と文次郎の部屋へ入ると、後ろ手に戸を閉め、胡坐をかいた文次郎の唇にそれを重ねる。このとき、仕込んでおいた媚薬を口移しで飲ませた。
「−抱いて…」
口を放すと上目遣いに見て呟いた。
答えの代わりなのか、文次郎のほうから口付けてきた。歯列を割って、侵入してきた舌を絡ませ、深く口付け合った。
「ん…、は…あっ……」
舌の動きに翻弄され、身体が火照るのは媚薬の効果だけではないだろう。
押し倒され、衿を左右に開かれ、あらわになった旨に唇を落とされる。
「あ…」
乳首を甘がみされ、舌先で弄ばれるのに、声が出そうになって手で押さえた。
「あぁ…、文次郎、早くぅ…」
じれったくて先を促す。
「−どういうつもりだ?伊作」
(え?)
「文次郎?」
不安げに名を呼んだ。
「伊作なんだろ?」
見下ろすのは冷たい瞳だった。
「−いつからわかった?」
悪びれなく言う。
「怪我の手当てをしてもらった時、お前から薬のにおいがしたから。最初は、気のせいか、伊作から移ったのかと思ったが、いつも抱いてる体だ。わからないはずないだろ」
(さらりと恥ずかしいこと言うな。忍び装束は仙蔵と取り替えたけど、匂いがするのは髪かな?)
自分の匂いなど、わかるはずもない。
と、その時、廊下をかける足音が聞こえてきた。
「文次郎!!伊作はいねぇか!?」
勢いよく戸が開き留三郎が血相を変えていた。
「留三郎…?」
胸をはだけたまま伊作が起き上がる。
「ホントに伊作なのか?伊作だろうな。だって、あんなコケ方すんの仙蔵ならおかしいもんな」
まだ自分が仙蔵の顔をしてるのに気づいた。
「ごめんね」
皮をはずし、伊作の顔に戻る。
すると、肩を掴んで泣かれた。
「留三郎、私をおいていくな。まったく、ヘタレめ」
いつのまにか伊作の顔をした仙蔵が入り口に立っていた。
「本物の仙蔵か!?」
文次郎は下からにらみつけた。
「さぁな」
曖昧に答えて、あざけるような瞳で文次郎を見下ろした。
「仙蔵、もしかして怒ってる?−文次郎もね、早いうちに私が伊作だって見破ったんだよ?」
機嫌が悪い理由が、やはり恋人が他の者を抱くのが耐えられないと取った伊作が気遣って言う。
「せっかく、初恋を実らせてやろうと思ったのに、馬鹿な男だ」
はじめ、自分に言ってるのだと思ったのだが違ったようだ。
「今は、お前が好きなんだ。未練なんてねぇ」
文次郎が顔を真っ赤にしていった。
(初恋って?文次郎も私のことが好きだったの?)
「文次郎」
本当かどおか確かめようとした時、留三郎にギュッと抱きしめられ、その体温にホッとした。
(私も今は留三郎が好きなんだ)
伊作は立ち上がり、留三郎を促した。
仙蔵の横を通り過ぎ際、お互い修行が足らないなと目で交わした―。
終