上杉家

□とおり雨
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最初会ったとき、その人は、綺麗な綺麗な顔をした人形のような人だった。





 越後の砂浜を爽快に馬を駆り出す姿は生き生きしていた。
 あれから二年、相模との同盟は決裂したが、人質である麗人は国許へは返されなかった。

「景虎殿ー!」

「景勝殿?」
 後ろから馬で駆け寄らせ、声をかけると麗人は馬を止め、肩越しに振り返った。

「雨が降りそうですよ。屋敷に戻りましょう?」
「―そうですね」
 天を仰ぎ見た麗人はしばらく考えてから返事する。

  ザァ……

     ザァ……


「やみそうにありませんねぇ…」

 屋敷に戻る前に降り出した雨のため、二人は、近くの粗末な小屋で雨宿りをすることにした。

「景虎殿も濡れた着物を脱いだほうがいいですよ」
 入り口にいる景虎殿に火の側によるよう促した。

「えぇ」
 先に袴を脱いでいた景虎殿は、近寄りながら、着物をスルリと落とした。濡れた艶やかな髪が、女のような細い肩にゆるくかかる。
 白すぎる肌に視線をそらした。

「……」

 静寂の中、パチパチッと弾ける音が響いた。
 私が横目で見ると、景虎殿は、にこりと紅を引いていないのに紅く光る唇で笑みを返してきた。
 綺麗な顔はあの頃と同じ、けれど、少しずつ人形と違った表情をするようになった。
 それは、義父がため。


「―景勝殿、貴殿は私のこと、どう思ってますか?北条の人質の私を謙信公は、何故引き止めたのか…。やはり、私が相模へ戻りたくないのを知っていたからでしょうか?」
 養子とは名ばかりで、この時代、人質は殺されることが多い。

「そうですね。私もどうやって義父上に取り入ったのか聞きたいところでした」
 妖しく見つめ返す。

「景勝殿?」
 私の不可解な言葉に不安げな表情になった。
 そんな頼りなげな顔に誘惑される。

「どんな風に誘ったんですか?以前貴方は寺にいたとおっしゃってましたが、さぞかし床上手なんでしょうね?」
 そう言いながら肩を掴む。
「景勝殿……!?」
 悲鳴のような声は私の口で奪ってしまう。
 そのまま押し倒して、両手のひらで頬を包み込む。

「あの時の貴方の瞳には何も映していなかった。ただ、諦めと絶望と…。しかし…。―義父上は優しくしてくれましたか?愛してくれましたか?」
 耳をカプリと唇で食む。
「あ…」
 景虎殿の身体が震えるのに気をよくした。
「感度いいですね。義父上に幾度抱かれたんです?」
 舌で舐めおろしていき、首筋に歯を立て、強く吸った。

「あ…、やだ…」
 肩に手をかけ、押し戻され、頭を左右に激しく振った。

「嫌がるふりも手錬のうちですか?」
 景虎殿の陰茎をぎゅっと握る。

「―こ…んな…、貴方が穢れる―。やめ…て…」
 手首を掴まれ、掠れ掠れの声で。濡れた瞳はさらに身体を熱くする。


「いいんです。私は貴方を抱きたいだけなんですから」
 景虎殿に劣情を持った時点で綺麗じゃない。
 人形から人間にした義父上に嫉妬した。
 私は、あの時、景虎殿を愛せなかった。
 義父上の跡次は自分しかいない、そう思っていたのに、義父上は、血の繋がらない貴方に愛情を注いだ。

「私を穢してください」
 そういって、景虎殿の女のような細い身体を抱きしめたのだった―。





「―雨、やみましたよ」
 開けた戸から光の帯が伸びる。
「帰りますか?」
 外を見ていた景虎殿が肩越しに私を見る。
 綺麗な綺麗な顔だった。

 てっきり先に帰ってしまうのかと思った。

「もうしばらく、二人っきりでいませんか?」
 強引に抱いた私を許せるなら―。
 それとも、男に抱かれるのをなんとも思わないのか。

「景勝殿がそういうのなら」
 景虎殿はにこりと優しげな笑みを浮かべて隣に座った。















    

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