足利家の兄弟

□禁色
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この手で弟に信頼を壊した。
自分を見なくなった瞳。
笑顔を向けられなくなった。

自分はどうかしている。同じ血を持つ弟を汚したのだ。



 ある日の朝、風呂敷包みを抱えて屋敷を出て行く弟の後姿をみつけた。

(?)

 気になってこっそり後を尾行ていくと、寺門をくぐり、中に入っていく。

 そこで、失ったと思っていた、直義の笑顔を見た。
 昔、自分に向けられた表情は今は、誰か分からぬ少年に向けられていた。

 ズキン

(胸がいたい?)

 後悔のため…?
 それとも別の…?

 それより、あの少年は誰?

「おや、誰かと思ったら、高氏殿ではございませんか?」
 後ろから声をかけられ、驚いて飛び上がった。
 年老いた僧侶が立っていた。

「どうなさったのですか?こんな所でこそこそと」
 確かに植木の陰から覗いていたのだ、怪しまれてもおかしくない。

「しー、それより住職、弟と一緒にいる少年は誰なのだ?」
「−それは、直接直義様に聞くほうがよろしいと存じます」
「え?−わっ…」
 背中を強く押され、二人の前に躍り出た。


「兄者!!」
 思いもよらぬ相手にひどく驚いた様子だ。
 しかし、すぐさま表情が曇る。

(私は嫌われているな)
 自分がしてしまったことを思えば当然か。


「兄者、この子は兄者がお会いにならなかった遊女が産んだ御子です。足利と懇意のこの寺に私が預けました」
 問いかけてもいないのに直義には自分の心の声が届いたかのように少年の素性を話した。

「遊女が産んだ子なんか足利に迎え入れられるはずないだろ」


 パチンッ

 頬が鳴った。

「兄者はひどい。たとえ相手が遊女でもこの子の母親のことを抱いたのが遊びで子供ができても知らん顔。この子が傷つかないとでも思ってるんですか!?」

 高氏は、自分を責める直義を始めて見た。
 あの時ですら恨み言を言わなかった直義が自分を叩いたのだ。


「あの頃俺は、先祖代々伝えられた置き文を読ませられて、自分が何をしたらいいかわからなかったのだ」
「だからって…。置き文を父上が読ませたってことは兄者を一人前と認められたからでしょう。なのに…」
 直義は唇を噛み締める。

「兄者が熊若のこと認めないなら、私がいただきます」
 ギュッと、熊若らしき少年を後ろから抱きしめた。熊若は、見開いたような大きな目で高氏をぼんやりと見ている。


「そんな卑しい子供を養子にするつもりか!」
「卑しくなんかない!この子は兄者の血を引いてるんだ」


(だからなんだ?俺の血なんてろくなもんじゃない)

 弟を犯した、侠気じみた血。

(私を憎んでるんだろ?)


「お前は俺が千寿を愛する以上にこの子を愛せるか?」
(実の子を持たぬお前が…)

「愛せまする」
 断言された。

(どうしてそんなに真っ直ぐでいられるんだ?)
 かつて、絶対の信頼を向けてくる弟がうっとうしかった。
 熊若の母親を抱いたのと同じ勢いで直義を犯した。
 その後、もとよりおとなしかったが、更に口数が減った。


「他に言いたいことはないか?」
「ありません」
 直義はこれ以上話すことはないとばかりに熊若と手をとって立ち上がった。

「待て!」
 慌てて直垂の袖口を掴む。

「何ですか?兄者」
「あ…」

(私は身勝手だ)
 今更失った信頼を取り戻そうなどとは思わない。


「置き文の事お前はどう思う?」

「私は、兄者についていきまする。たった二人っきりの兄弟でしょう?」
 直義は微笑んだ。

 ドキン……

 心臓が高鳴った。

(なぜ私なんかに……)
 最低な兄だと罵ればいいのに。

 なんでもない風に微笑む直義に腹立つ。






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