戦国時代4

□青柳
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「お主は悪くない。―俺が勝手に昌胤殿に憧れていて、あの人がお主を好きになったからって恨むのは筋違いだ」
 それを聞いて平三郎は、もとより大きな目をさらに見開いた。

「それは…。知らぬこととはいえ、私はひどいことをしていたのですね」

(宗四郎殿のことといい、私は人の気持ちには鈍いな)
 全く気づかなかったわけではない。だって、孫次郎はいつも昌胤と一緒にいたのだから。

「俺がどうかしてた。―小降りになったから、帰れ」
 雨の音が静かになっていた。

「私は、皆の優しさに甘えてしまいます。どうか、孫次郎殿の気の済むようにして下さい」
 そう言って歯をかみ締めた。

「もういい。頼むから帰ってくれ……!」
 その声は震えていて、必死の思いで叫んでるようだった。


         *


 数日後、昌胤邸の前に来ると、中から宗四郎の声が聞こえてきた。喧嘩をしてるような重い声であった。

(まさか、昌胤殿と!?)
 穏やかな昌胤と喧嘩などありえないが慌てて中へ入っていく。

「宗四郎どの!?」
 駆けつけたとき、振り上げた腕を昌胤に後ろから掴まれた宗四郎と、地面に倒れた孫次郎の姿があった。頬が赤くはれており、唇の端から血が流れていた。

「孫次郎殿大丈夫ですか!?」
「っ……」
 駆け寄り、血を手ぬぐいでふき取ると眉間に皺を寄せた。

「平三郎!そんな奴助けるなっ!」
 獣が牙を剥くように怒鳴ってくる。

「だって、宗四郎殿が怪我させたんでしょ?だったら…」
 と、その時、孫次郎が平三郎の手首を掴んで起き上がった。

「俺を殴れ、宗四郎」
 その瞳には、強い光が宿っていた。

「どうしたんですか?孫次郎殿」
 宗四郎は昌胤に抑えられてるが、今にも殴りかねない形相だった。
 平三郎は、孫次郎を背に庇う。

「離れろ平三郎!!また襲われるぞ」
 それを聞いてまさかと思った。
 先日のこと、平三郎は誰にも話してない。それなら宗四郎は孫次郎から知ったことになる。そして、その行為を悔やんでいるなら…。

「俺は、愚かしい…」
「孫次郎殿」
 平三郎は暗い表情の孫次郎に困ってしまう。
「俺は、自分の欲望を抑えられないのを平三郎のせいにした。罵られても殴られても仕方ない。俺は、臆病者だ。今日だって、平三郎から昌胤殿に知られるのを恐れて自分から言いに来たんだ。それを宗四郎に聞かれたのは誤算だったが」

「……」
 黙って聞いていた宗四郎から力が抜けたのを感じ、昌胤が手を放した。

「私は、孫次郎が愚かしいなんて思いませぬ。私のほうこそ…。もっと人の気持ちを感じられるようになりたい」
 拳を握り締め、必死の思いで言った。

「孫次郎」
 昌胤が手を差し出し立ち上がらせた。

「私だって、自分が嫌になるときがある。この通り、愚鈍で、ぼんやりしてるし…。何故孫次郎や平三郎が慕ってくれるかわからないぐらいだよ」

「そんなことありませぬ。昌胤殿は陣取りの名手です!」
「昌胤殿は優しくて、強くて賢いじゃありませぬか!」
 孫次郎が先に、続いて平三郎が言った。

「俺は、愚鈍だと思うがな…」
 宗四郎がぼそりと呟くと、二人に睨まれ視線をそらした。

「昌胤殿を馬鹿にするな!」
 言葉が早いか、手が早いか、孫次郎が宗四郎の頬を殴りつけ、宗四郎の身体が飛んだ。

「……っ」

「宗四郎殿!」

 慌てて平三郎が助け起こし、頭に付いたほこりを払う。

「何だよ、本当のことだろ。念者が襲われても殴りもしないなんて」
「それは、お前が乱入してきたからだろ。昌胤殿だってなぁ、怒ると殴るぞ!」
「お前なんかに聞いてない。昌胤殿が不甲斐ないからだ」
「宗四郎殿!」
 平三郎が宗四郎の口をふさぎ、キッと睨みつけた。
「それ以上言ったら許さない!」
 孫次郎のように殴りはしないが想い人の本気で怒った顔に後ずさった。

「あー!!」
 宗四郎が驚いた声を出したため、皆が注目した。

「こんなに痣になって!痛かったろ」
 平三郎の衿を掴んで左右に開いた。
 そこにはまだ鬱血の痕が残っていた。

「えっと…」
 ここには昌胤もいるのだ言葉に窮してしまう。

「孫次郎殿には謝っていただきましたし、このくらい…。宗四郎殿といるときのほうが生傷が絶えませぬし」
 実際、痛みより驚きのほうが大きかった。

「何だよ、俺のほうがひどいというのか!?こんな外道と一緒にするな」


「確かに孫次郎がやったことはひどいことだよね。私がもしその場にいたらきっと殴ってた。そして、平三郎を抱きしめてたと思うよ。けれど、そしたら、孫次郎はもっと平三郎を恨むだろうね。ごめんね。私のせいで平三郎に怖い思いをさせた。孫次郎に辛い思いをさせた。でも、私は孫次郎を信頼してるのだよ?」
 宗四郎の手にそっと触れ、平三郎の衿から放させる。

「昌胤殿…」
 キュッと拳を握り、頼りなげに見上げた。


「あーもぉー」
 宗四郎はじれったくなって平三郎の背中を押した。

「「昌胤殿抱きしめてやってください!!」」

 二人の声が見事に重なった。
 孫次郎は平三郎の肩をつかんで押しやっていた。

「テメェ、平三郎にさわんじゃネェ!!俺はお前のこと許しちゃいないんだ」
 ジロッと睨んだ。

「平三郎はお前の念者じゃないだろ」
「なんだとぉ、平三郎は大事な弟分だ」

「宗四郎殿、孫次郎殿を責めないでください。私にも責任があるんですから」
「ただの横恋慕だろ。自分のことは棚に上げて昌胤殿のこと悪く言ったりして。それとも嫉妬か」
「テメェだって妬いてるくせに!」
 平三郎が止めに入るが二人は全く聞き耳を立てない。困っていると、昌胤がクスッと微笑った。


「いつも通りになったね。―平三郎、大丈夫だよ」
 昌胤は後ろから抱きしめた。

「今なら抱きしめられる」
「昌胤殿…」
 向きを変えると昌胤の優しい瞳と合った。
 初めて抱きしめられたときと同じ、温かな腕にホッとする。違うのは高鳴る胸の鼓動と熱くなる身体。

「二人のことはほっといて行こう」
 手を引く昌胤にどこへとは聞かない。
 平三郎は頬を朱に染め、後についていった。





気鬱な孫次郎がかきたかっただけ。
この四人はかいてて楽しいです。この時はまさか、平三郎がたった二十二歳で亡くなるなんて誰も予想だにしてないところがいいです。宗四郎も一緒に陣中に立つんだって思ってるんでしょうね。全部朱華の妄想ですが。
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