戦国時代2

□たけだ家・斬る
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 その後は、必死に板垣の背中にしがみつき、初めて知るその行為に身もだえ、ただされるままとなり、意識を手放した。



「お主のあの薬師は殺したぞ」
 意識を取り戻した信繁は、一番にそう告げた。
 もっとも、流れ者だろう。板垣が嘆くことも悲しむこともない。


「……」
 板垣は少し驚いただけで無言だった。

「無言は肯定だったな。殺されて当然とでも思ったか?」

「虫をも殺さぬような貴方様が……」
 板垣の中では、心優しい穏やかな性格となっていた。


「兄上を哀しませようとする奴は、、虫けら以下だな」
 鋭く睨み付けた。


 信繁は、自分が殺されそうになったことではなく、彼が死ぬことにより、兄の晴信が哀しむだろうことの方に怒っていた。板垣もそのことにうすうす気づいている。



「そういえば、昔、両手を縛られた据えモノを斬るよう信虎公に命じられたとき、晴信様は『斬れぬ』とおっしゃいました。まだ、次郎と呼ばれていた貴方様が代わりに斬りましたな。お父上に従順な貴方様が断るはずないと思ったものですが…」

 信虎は喜んでやはり跡継ぎには次郎をと、思ったことだろう。晴信は、人を斬れぬ臆病者よと。


「兄上に斬らせたくなかっただけだ。上に立つものが抵抗できぬものなど斬って穢れてどうする」
 それをきいて背筋が凍る思いがした。
 そんな子供の頃から、統べる者がどういう者か理解していたのだ。



       :



 躑躅ヶ崎の館に戻った信繁は、部屋の中央にひざまつく女を見た


「逃がしてよかったのに」
 傍によってきた駒三郎に言った。

「俺もそうしようとしたのだが、女が処分を受けるってきかなくてさぁ」
 困ったとばかりに眉間にしわを寄せていた。


「そなたは、あの薬師に命じられ、仕方なしにやったのだろう?我々の眼に触れぬ遠い所へ去ね!」
 信繁は、追い払うように言うが、身一つで追い出すのも気の毒に思い、金を一粒、放り投げた。




「板垣殿は?」
 女が出て行くのを見計らっていった。まさか、殺したなんて思っていないが、それ相応の報いを受けさせたのだろうか?


「すんだことだ」

 陰る横顔に、駒三郎は心配になった。



「兄上、今夜は私の部屋で休みましょう?」
 孫六は、無邪気な笑みを浮かべて信繁の手を引いた。
 信繁の部屋はまだ血の臭いが充満していた。

「お前もさっさと帰って寝ろ」
 弟に掴まれていない方の手を軽く挙げ、駒三郎に別れを告げた。





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