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□十分だと声に思う
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「阿部、今日誕生日だろ!誕生会やろうぜ!」

今ではすっかり重大イベントとなった野球部員の誕生日会は、大体が田島や水谷の一声で始まる。
今日とてその例外は無く、昼休みに9組から7組へ突風のごとく走ってきた田島がドアをガラリと開けた途端、人目も憚らず大きな声でそう言った。

水谷は購買までパンを買いに行き、ジャンケンで阿部に負けた花井は飲み物を買いに行っているので7組には弁当箱を広げた阿部が珍しく携帯など片手に誰かと声のやり取りをしている時だ、

余りの大きな声に瞬間的に片方の耳を塞いで顔をしかめた阿部がニコニコとご機嫌な様子で近づいてくる田島を心なしか赤い顔で睨みつける。

「電話中、静かにしろよ」
「おー!」

確実にわかっていないだろう音量での返事にため息を漏らして、田島へ行っていた意識を電話の相手へと戻せば、そこで初めて相手が無言になったことを知った。
こんな些細な事で怒ったり驚いたりするような人じゃないと知っているので、不安というか心配になりどうしたのかと聞いてみれば、またしばらくの沈黙の後にやっと声が聞こえてくる。

「・・・へ・・・?」
「え?どうかしました?」

間抜けといえる声色を内心驚きながらもなるべく普通に返せば、どうやら相手も驚いているらしいことがわかって阿部は首をかしげた。
不快に思ったようなら謝らねばと、謝罪を口から出そうとする。
しかし、全て言い終わる前に相手の言葉によって謝罪の声はプツリと途切れる事になった。

「誕生日!?」

阿部にとっては当たり前の事実ということで「はぁ、そうですけど?」なんてまったく興味がありませんといった風に返す阿部は自分の事について大変無頓着な人間だ。
自分の誕生日など唯でさえどうでもいいと思っている彼が、人に誕生日を率先して言う事はよっぽどのことが無い限り有り得ないようだ。

「・・・」

どうやら受話器の向こうで黙り込んでしまった彼も初耳だったらしい、知らなかった事実に落ち込んでいるのかどうかはわからないが電話越しにため息が一つ聞こえた。

「なんで言わないかなぁ・・」
「だっ・・・、聞かれなかったからです・・・けど。」

呆れたように言われて反論しようと口を開くが、大きな声を出してしまいそうになって慌ててグッと堪える。
そんなこと言われると思っていなかった事と、ため息に複雑な気持ちで語尾を掠らせた。

それからしばらく言葉のやり取りがあって、田島が待てをもらった犬のようにランランと目を輝かせている中で居心地悪そうに阿部が眉を寄せながら2,3事頷くと電話を耳から話した。
カコッというボタンが押し込まれる音がしてやっと電話が切れた事がわかる。


「と、いうわけで」
「え?なになに?」

パタンと閉じた携帯電話と、其れとほぼ同時のタイミングでため息を吐く阿部に何時の間やら購買から戻ってきた水谷が両手にパンを持った状態で首を傾げた。
阿部から発せられた言葉は田島に対して言われたものなので、興味津々に聞いてくる水谷を取りあえず無視して、水谷と一緒に帰ってきた花井から缶ジュースを受け取る。

「今日は誕生会パス」
「え〜〜〜!!」

不満だというのが良くわかる田島の叫びは末っ子独特のモノが含まれていて阿部は困った顔をした。
基本的に押しに弱い彼は、「駄々を捏ねる」田島が苦手であった。
しかも自分の事に対する提案だ、例え食べ物目当てだったとしてもすっぱりと断るのは中々気が引ける。

しかし、阿部もこれだけは譲れないと多少弱った様子ながらも謝れば、花井がフォローを入れてなんとかその場は収まり、誕生会はまた後日と言うことになった。
後日の部分を不満そうに思いながらも「絶対だからな」と念を押し、風の様な速さで去って行く彼はまさに台風といっても過言では無いだろう。

「はぁ」

どっと疲れたような気持ちで息を吐く阿部を苦笑しつつ見ながら、弁当に手をつけ始めた花井が「おつかれさま」と肩を叩く。

「どーも。」
「なんか用事?」

やっと弁当を食べ始める阿部に水谷がまた首を傾げて聞いてくる。

「まぁ、・・・そうだな。」

チラリと横目で携帯を見る阿部は複雑な顔をしているが、照れているのかほんのり頬を染めて何かを思い出しているような面持ちで相槌を打つ、そんな阿部を見ていた二人は首を傾げながらも腹が減っていたのか食物へ意識が行ってしまって其の時点でこの話しは有耶無耶に終わる事になった。

しかし、放課後練習が終わった後に飛ぶように帰っていった阿部を見ながら、しばらく唖然としていたメンバーがなにかあったのかと詮索する中、昼間阿部と「誰か」の電話を聞いていた田島が「島崎」の一言で西浦内に爆弾を投下し、阿部の居ない西浦内部に小さい嵐が通ったのだった。

阿部はそんなこと知る良しもないし、言ったところで首を傾げるだけだろうが・・・。
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