series SxA(first love)

□空間と理性
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『明日休みだっけ?』

阿部の携帯にそうメールが入ったのは昨日
彼は風呂に入って疲れた体を存分に癒し、ポタポタ垂れる水滴をそのままにタオルを肩に引っ掛けるだけ引っ掛けて置き放しの携帯をとりにいく為居間へ向かった。
其れを見た弟が呆れた調子で兄の其の姿を見つつ、鳴っていたと彼の目的であった携帯電話を手渡す。

肩からぶら下げたタオルで髪の毛から水滴を軽く拭い、フローリングに音を立てて落ちる其れが風呂場から廊下を挟んで部屋の中まで塗らしている。

「怒られるよ」

其れは尤もだ、見つかったら面倒だからとりあえずこれ以上被害を広げないためにと頭に当てただけのタオルをガシガシと動かした。
ついでに足元に広がる小さな水滴の水溜りも屈んで其のタオルで拭いてベランダ近くにあった、恐らく洗濯の際置き忘れたであろうカゴの中に放り投げる。

「携帯サンキュー」
「ん。」

相変わらず何を考えているか解らない様子で頷く彼の弟は、テレビをつけてソファにだらしなく横たわった。
自分の部屋に戻ろうか、弟と一緒にテレビを見るか考えながら片手に持ちっ放しだった携帯を開く、確かにメールが一件届いていたのを確認する。

携帯を操作してメールの差出人を確認すると目に飛び込んできた名前に迷っていた事など忘れて部屋へ戻ろうと決め、少し急ぎ足に居間を出た。

自分の顔が綻ぶのがわかって携帯を持っていないほうの手の平を口に覆いかぶせるよう押し当てる。
誰が見ているわけでもないが家族共有スペースと言うだけで恥ずかしい、先ほどよりもずっと早足に部屋へ駆け込んだ。

メールの一文は冒頭の通り、其のたった一文。
そうなると大体其の後の内容はいつも変わらず、すんなり「明日は泊まりだな」と予測してしまう自分が又さらに恥ずかしい。

赤くなった頬を紛らわせるようにメールを返信するが、紛らわせるほど長い文章を打つわけでもなく送り終わった携帯にベッドの横に伸びている充電器をカチリとはめた。

充電中を知らせる赤いランプが光って間もなく携帯から音楽が流れ始め、阿部はディスプレイを確認することなく流れるように着信のボタンを押す。

「はい。」
「ん、こんばんは」
「こんばんは」

付き合い初めからなんら変わる様子の無い最初の挨拶はもう定番で、阿部ももう戸惑った様子を見せずさらりと同じように返してみせる。

「ごめん、風呂はいってたんだって?」
「いえ、平気です。其れよりどうしたんですか?」

偶に電話をする事もあるが会う約束は大体メールですむ、島崎からだとわかりきって出た阿部だったが珍しい事は珍しい、明日何かあるのかもしれないと聞けば島崎は「うん」と一つ相槌をうった後に口を開いた。

「風呂上りの隆也の声を聞きに」
「・・・・なに言ってるんですか」

少し頬を染めながら冷たく言う阿部の其の様子が照れ隠しだとわかっているのか、島崎は柔らかい物腰で笑いながら
「嘘じゃないんだけど」そう言った。

「・・・はぁ、で、本当の用件は・・・?」

彼が嘘じゃないと念を押す時は大抵本気で、大抵向こうが折れないのを知っている阿部はふぅっと息を吐いて聞くと島崎は声に出して静かに笑う。

嘘じゃないとハッキリ言ったが他に用事があることは確からしく、彼は一度「うん」と話し始める合図のように相槌を入れた。

「明日なんだけど。学校迎えに行っていい?」
「え?・・・それは構いませんけど・・」

予想していなかった申し出に首を傾げる。
意味は汲み取れないまま何も反発する事は無いので了承すればただ島崎はありがとうと言うだけだ。

「なんで行き成り?」
「ひみつ」

疑問に思っていることは秘密という一言で掻き消され、阿部は意味がわからないと眉を寄せた。
だが、不満に思いながらも明日には解るだろうと聞くのを諦め、島崎は電話向うで阿部が少々不満げにしている事を知ってか知らずか話を進める。

「明日あの時と同じ門でまってるから。」

阿部は島崎の言葉に、最初に会うことを約束をした時彼はバイクで迎えにきていたと思い出す。
あの時彼の姿を思い出せるかと言われれば、其の時阿部は内心それどころではなく、緊張の余り視点を島崎に向けられない状態で目の前は風邪でもないのにグルグル回っていた。

その症状をそっくりそのまま思い出して恥ずかしくなりながら、薄ぼんやりの靄がかった記憶に少々勿体無い事をしたと思う。

「・・・はい。」
「?・・どうした?」

何処か上の空になってしまった阿部の返答に今度は島崎が疑問を持って聞き返す。
どうしたのか、なんてまさか素直に言えるわけが無く、思考をさ迷わせた末小さな声で「ひみつです」とだけ返した。
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