series SxA(first love)
□特別な当然の優しさ
1ページ/1ページ
「慎吾さんは優しいですね」
握った手がきゅぅっと握り返して、島崎が振り返ればにこりと笑った阿部と目が合った。
『優しいなんていわれたの、何時振りだ』
外だというのに解こうとしない手に、ただ珍しいと島崎は思う。
俺だって外でこんな風に手を繋いだり恋人に優しく触れたりするタイプじゃない、そりゃ歩くのが遅けりゃまってあげたりだとか、高いものが取れなきゃとってやるとか、其のぐらいの人として、恋人として当然くらいの優しさは持って接するがどんなにそうやっても相手は当然だと思っているのだろう、優しいなんて言われないのだ。
『結局最後はひどい奴だもんな』
ひどいといわれるだけの理由が有る。
島崎は其れをわかっていて良しとしていたが、優しいと面と向かって言われた衝撃は大きかったようで急激に感じるなんともいえない恥ずかしさがこみ上げてくる。
「・・・どこが?」
照れているところを見られたくないのか、隠すには多少無理があるが手の平で口元を覆った。
そんな島崎を阿部はぽかんと見上げながら、笑って島崎の頭をなでた。
「可愛い」
優しいの次は可愛いかっ!と言われなれてない言葉の連続に脳が揺れた気がする。
島崎は、笑いながら自分の事を覗き込んでくる阿部に目をやって、心なしか何時もより近い位置にいる彼の唇に自分の其れを重ねた。
「んっ・・・」
漏れる吐息に興奮して両手で顔を掴み固定しながら更に深く口付ける。
苦しくなってきたのか阿部が島崎の肩口あたりをぎゅうっと握り締めて入らない力でどけようとしたが、それは意味を成さないとそのまま地面に頭をぶつけないように右手で後頭部を支えながら、しっかりと草陰に隠れる位置で押し倒す。
「ふっ・・・んぅ・・・」
「・・・はっ・・・」
2人分の息が混ざり合う音がして島崎は阿部を酷く粘着質なキスから開放した。
ぐったりと力が入らなくなり、顔を真っ赤に染めて肩で息をする阿部を見て島崎は満足そうに彼の唇をぺろりと舐める。其れすら敏感になった唇は捉えて肩が揺れた。
「・・・可愛い。」
チュっと目元を吸われて阿部が反射的に目を閉じる。
阿部とて可愛いと呼ばれるのは心外で、最初言われた時は戸惑ったが島崎の笑いながら言う其の言葉は確かに不快と言うわけではなく、寧ろ嬉しいとさえ感じていた。
『・・変』
自分に対して仄かにこみ上げる笑いを隠し切れずにクスリと笑う。
其れをどうとったかわからないが、島崎は阿部にもう一度口付けを落とし、唇を合わせた状態のまま口の端だけ上げて笑った。
「青姦になるかも」
「・・・寒いんでそれは止めてください」
風邪でも引いたらスポーツをやってる身としては一大事だ、しかもコートを着ていても大分感じる寒さに簡単な風邪ではすまされないであろう事を悟ってやめましょうときっぱり言う。
「そうだな、可愛い隆也に風邪はひかせらんないから」
「・・・根に持ってます?」
「ちょっと」
大人びた仕草や見た目をしているくせに、たまに子供なところがあることを阿部は知っていて、其処に気づくたびになんとなく島崎を一つ多く知れたような、そんな気分になった。
阿部は、倒れたままの自分を何時の間にか立ち上がった島崎が抱き起こすような形で立たせる様をぼんやりと見つめて、最初のようにポツリと漏らす。
「・・・やっぱり優しいですね。」
この言葉に最初から特別な意味など含まれて居ない、純粋に優しいと思ったからそう言っただけだ
「またそういう事を・・・」
「本当ですから」
またもやきっぱりと言われた阿部の言葉に島崎は困ったように笑い返し、阿部の頭を優しくなでた。
撫でられているところが温かい、と思う。
島崎は柔らかい動作で頭をなでる腕を離すと阿部の手首をまるで拘束するように掴み、
そのまま、自分の唇に彼の指先を当ててちゅっと音を立てて口付けると阿部の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。
「こういうの、苦手なんですってば」
そう言って手を引っ込めようとする阿部に、島崎は断固として離そうとはせず、それどころか知ってるよと目を細める。
「・・・意地悪」
「優しいんじゃなかったっけ?」
阿部が困った表情をすると腕は離されてもう一度島崎が阿部の頭を優しくなでた。
「帰ろうか」
「あ、・・・わっ」
頭を撫でていた手が離れ阿部の指を絡めて手を繋ぐ、驚きと恥ずかしさから思わず漏れた声に島崎が笑いながら、ぐいっと催促をするように腕を引く。
慌てて後をついてくる阿部はしばらくそのまま歩いていたが、何かを思いついたようにあっと声を上げて、それは先を歩く島崎の歩みを止めた。
其れまで無言だったというのに、なにがあったのかと後ろを振り向く。
「?、・・どうかした?」
「い、いえ」
別になにもないと首を横に振り、島崎は多少奇怪な顔をしたものの直ぐに前に向き直る。
痛くないくらいに強く繋がれた手と、長い足が何時もよりも速さを落として進むのに気づいて阿部はもう一度「優しい」と心の中で思った。
『・・・好きだな。』
声に出したら振り向くのだろう、それも滅多に見せないあの驚いた表情で、それでいて直ぐに笑ってくれる。
『俺が一番好きな表情で、きっと「俺も好きだよ」って言ってくれる。』
今すぐに自分の考えが合っているか確かめたくなりながら、阿部はぐっと其れを我慢した。
前を歩く島崎の背中を見ながら気づかれないように下を向いて笑う、気づかれていない事をチラリと確認する。
『家に帰ったら言ってみよう』
そんな事を計画立てながら、考えたとおりの動作をするであろう彼を思い浮かべてもう一度息を吐くように笑った。