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□sympathy
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「ねぇ、慎吾。俺のシャーペン知らない?」
「…知らない?って、さっきまで持ってただろ」

大学のレポートをやりたいからと言って何故か慎吾の部屋に上がりこんだ優は、開始早々30分も立たないうちにそう言った。
さっきまでは手の平にあったはずだと信じて疑わないのだろう、利き腕である左手の平を見ておかしいなと首をかしげている。

確かに、家に上がりこんでからは黙々と作業をしていたように思えたし、何処をどうしたらそうなるのかと疑問を持つものだが、他でもない優の行動ということで慎吾は大いに納得して当たり前に受け止めた。

「床は?」
「んー…」

彼は昔から物によく嫌われる性質というか、今の今まで使っていたものが無くなるというのは日常茶飯事だ。
今でこそ減ってきたものだが幼い頃は酷く、あまりに物品を紛失するためいじめか、ストーカーか等と問題視されたこともある。

ただ、彼はそれほど目立った生徒でもなかったし、いじめの対象と見られるような部分は一切と言い切っていいほど見られなかった。
ストーカーならありえたかもしれないと、今でこそ思うが当時そんな単語を知る由も無く、慎吾はストーカーって何だろうくらいに思っていた為楽観視していたのだ。
容姿的にも我が兄ながら端麗であると知っているし、昔から人当たりはソコソコ良かった。
弟の身分だからかもしれないが、小学生にして何と無く大人びていたような気もした。

「ソファの背もたれのとことか」
「ない、かな?」

ペタペタとソファをまさぐり、指先に当たるプラスチックの硬い感触が無いと首を振った。
ソレを見つつ、慎吾は優の座っている位置から手の届くだろう範囲をぐるりと見回す。


実際、学校で問題とされているようなことは一切無く、慎吾だけではなく家族全員がソレを当然のように受け止めた。
学校が騒ぎすぎなのだと呆れたように笑った母は、たいして気にも留めなかった父もそうだ、慎吾も、又当人ですら騒ぎに我関せずといった態度だった。

『結局、手癖悪いだけだし』

考え事をしている最中、手が無意識の元に動き、物を何処かへ置いてくる。
蓋を開ければ簡単なことで、これが事の真相だ。

「じゃぁクッションに埋もれてるとか、かな」

探す気があるのか無いのか、優は慎吾の指定した場所のみに手を伸ばし探す。

『基本怠け者なうえ探すのも下手だから余計なんだよな…』
「あ、あった。」
「あー、よかった」

彼の周囲にあるものを手当たりしだい捲ってみれば大体は見つかると言うのに、彼はその法則を理解していないらしく物を見つけられない。
どうしようかと迷った末、そちらの方が手間だと言うのに買ってきてしまうものだから、優の部屋を掃除すると同じような物が一気に増えるのだ。
一見何にも無いシンプルな部屋に見えると言うのに、と慎吾としてはソレが不思議でたまらない。

「慎吾といると探し物がすぐ見つかっていい」

のほほんと言う優に慎吾は溜息をつきながら、それでも兄の役に立てると思うと嬉しいと思う。
そう思ってしまうこと自体が気恥ずかしくてこっそり苦笑をもらした。

「そりゃどーも」

見つかったばかりのシャーペンを満足そう見、持ち、カチカチと軽い音を立ててシャー芯を出す優がふっと顔を上げた。
何事かと身構える慎吾に対し、にっこりと笑う。

「コーヒーのみたい」

この笑顔でどれほどの人物に頼みごと(強要)をしてきたのだろうか。
弟の自分から見ても随分と強力な笑みは、恐らく他人には脅威なのではと思う。

顔立ちは良く似ていると言われるが、慎吾にはこんなに上手く綺麗に笑える自信は無い。
ただ自分の方がもう少し人間味がある笑みだという自信はある、それだけだ。

「はいはい」

結局扱き使われるのは年下の宿命であり、野球部でも当たり前にそうだったことを思うと日常が染み付いた体で断るのは難しい。
と、言うことにしておこう。

『…さからえねーんだよなぁ』

それでも、別に嫌なわけではないと腰を持ち上げコーヒーを入れるためにキッチンへ向かう。
優はその姿を満足そうに見てまた机の上に広げっぱなしのレポートへと向いたのだった。
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