2万hit企画

□まだ終わらない
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部屋で机に向かって配給や他校のデータをまとめている途中、隣に居る彼の弟から壁伝いに声がかかった。
始めはノック2回でそちらに注意を寄せ、居るのを確認してから話し出す。

「にいちゃん、居る?」
「ん?なに?」

椅子から立ち上がって壁に向かう、部屋の中は静かだから声はわりと聞こえるがやはり近づいた方が聞こえやすい。
ノックを2回して返事をしながら答えた。
コレはなんとなく決まった昔からある二人の会話方法だ、なんだかんだで不便はないので直すつもりは無い。

「今月に遊園地行く約束してて」
「うん」
「なんか、いけなくなって。」

なんか、の辺りは聞かない。
彼はあまり突っ込んで聞くと思考が停止したように考え込む事があるからだ、短くすむ事もあれば結構長い時間待たされる事もある。
この間など1日考え阿部が忘れた後、まるで話の続きのように言われて何の事かわからなかった。
それ以来彼はあまり弟に対して「何で?」という言葉を使わないことにしている。

「7人居て、2人行けなくなって」
「うん」
「チケットどう?」

弟の話し方もだいぶ解りにくいと思っていたが、三橋と話し始めてからそんなに解りにくいものでもないなと阿部は思い始めていた。
三橋や田島のほうがよっぽどわかりにくいと思うからだ。

それはとにかく、弟の話をわかったところだけまとめれば遊園地に行くメンバーのうち2人がいけなくなったので誰かと行かないかという事のようだ。
行かないなら行かないできっと他の誰かの兄弟に渡るだろう、そう思ってから遊園地を思い浮かべる。

人が多くて声が煩いし好きか嫌いかといわれて好きとも嫌いとも答えられない場所、むしろ苦手と言えるかもしれない。
思うに、場所は新しく遊園地が出来たから行ってみたいと同クラスの水谷が騒いでいたのを思い出しつつ、其処じゃないだろうかと考える。
開店当初、ならば人は想像の更に倍と考えてもいいのかもしれない、貰ったところで行かないだろう。

弟は返答を待っているようで壁の向こうからは音もしないが、居るとわかっているので変わらず声を掛けた。

「いや、いいよ。」
「え?」

意外そうな声がして阿部が驚く。
断ったらあっさりとこの話は終わると思っていたからだ。

「え?」

思わず同じ言葉を繰り返して真意を聞いてしまう。
弟は答え難そうに沈黙した後、不機嫌になったときの微妙に低い声色でポツと話しはじめた。

「・・・にいちゃん恋人といくとおもったから・・・。」
「・・・・・・・・はっ!?」

何故不機嫌になったのかよりも何故ソレを知っているのかの疑問が勝って思わず大きな声を上げる。

当然言った覚えも無ければ気づかれたなんて思いもしなかった。
どもりながらも何故知っているのか聞く阿部に当然のように返ってきた言葉が

「にいちゃんだから。」

相変わらず意味がわからない、と阿部は頭を痛める。

しかし、今の言葉で島崎と遊園地に行くというシュチュエーションが阿部の中で組み立てられてしまい、意識せずとも段々と心臓が音を大きくたてはじめた。

今まで家に行くことはあっても特別一緒に出かけると言う事はなくて、
否、別にそれが不満なわけじゃない、寧ろそれが嬉しかったりするのだけど、それでも行ってみたいと思ってしまったことに考え直すように首を振った。

「にいちゃん?」
「はっ・・っ、なっ!?」

隣からくる弟の呼び声に変な声で返事をする。
弟はそんな兄向かってひとつ、ため息を吐いた。

「・・・あげる。いってらっしゃい。」

一瞬でも行きたいと思ってしまったためか、彼は弟の其の言葉を断る事ができずに沈黙した。

暫く弟の声が聞こえなくなったかと思うと彼は阿部の部屋に入ってくる。
いつまでも煮え切らない兄に押し付ける形で弟はその手にチケットを置いた。

結局それをもらう事になってしまい、困っているとわかる表情を阿部は弟に向けて小さな声で礼を言った。
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