2万hit企画

□自分と比べられないくらい大切な人
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グキリと不快な音がしたと思うと阿部は階段の下から3段目、そこから忽然と姿を消した。
何処にいったかは色々考えて下しかないと見下げた其処には、片方の手を手すりに置いたまま蹲って居る彼の姿、驚いて高瀬が隣に駆け寄り俯いている阿部の顔を覗きこむ。

「だいじょ・・・」

足首を押さえて痛そうに眉を寄せる阿部の、膝に血が滲むのを見て慌てつつ辺りを見回した。
とりあえず此処では人の邪魔になるだろう、と阿部に歩けるかどうかの確認を取れば、涙目ながら頷いたことにほっとして手を差し出す。
其の手に手を重ねて手すりも使いながら体を起す阿部は痛みから少しだけ足を引きずりながら高瀬に捕まって歩いた。

「平気?」
「・・・大丈夫です、多分ちょっと捻っただけなんで。」

打ち所も悪かったと痛そうに言うが、大した怪我でもない事を主張する阿部にほっとしてとりあえず膝を如何にかしようと持っていた清涼飲料水でハンカチをぬらし膝に滲む血を拭く。

「ちょ・・・いいですよっ、汚れ・・」
「いいから。」

何の戸惑いも無くされた行為に驚き、彼の持っているものが自分のせいで汚れるという意識で制止をかけたのだが、ソレも高瀬のただ一言でぐっと黙らせられた。
不安げな表情だが大人しく膝を差し出す阿部に満足したように笑って破れたジーンズの上から押さえつける。

「・・・どっか、脱げるとこいこうか」
「え!?」

破れているとはいっても衣服の上からついた泥全てを落とすのは難しいとそういう思考から出た提案だったが、言われた方はそんな事知らずに驚きの声を漏らす。
最初何を驚いているんだと瞬きしていた高瀬も阿部の顔が赤く染まるのを見て察し、釣られるようにして顔が赤く染まっていく。

「ちがっ、そういう意味じゃなくて!」

そんなに慌てたらなんだか余計妖しいじゃないか、と自分で自分を攻め、とりあえず深呼吸を一回ゆっくりとした。
重苦しい空気、とまでは言わないが沈黙が少しの間続いて、捻ったという足首を阿部が確かめるようにブラブラと回しながらツキリとした痛みに眉を寄せる。

「やっぱり、痛い?」

大丈夫とは言いがたく、だからといってダメとは言えないだろう。
どちらかといえば大丈夫と思いながら首を縦に振る阿部がチラと見た高瀬の表情にドキリとして目を逸らした。

「嘘」

痛いくせに、と足首にあてがわれた高瀬の手は何時もより少しだけ熱をもった足首に丁度良い冷たさで阿部は目を細める。
離れていく手に惜しむような目を向けて、其の後背を向けた高瀬にパチクリと瞬きをしてみせた。

「え?」

屈んだ状態で向けられた背に意図がわからなくて首を傾げる。
とりあえず手を伸ばして背中にぺたりと手の平をつけてみて、そんな阿部に高瀬は笑いながら違うと穏やかに返した。

「乗って」
「・・・・は?」

意味は解るが理解できなくてスットンキョンな声を出す阿部が、何を言ってるんだと眉を寄せる。

「ほら」

催促するように背中に当てていた手首を握られて前に引かれ、態勢を崩した阿部が高瀬の背に体重を乗せた。
慌てて離れようとする阿部の手をしっかりと掴んでソレを制止する高瀬がチラリと彼のほうを見ながら早く、ともう一度、今度は視線で催促する。

「だ、だめですよ!重いですか・・・」
「どこが」

ぐっと阿部が唇を噛んで眉を寄せた。
確かに軽めの体重だがだからといって持つのに軽いと言うわけではないだろう、そう反論しようとした矢先に先ほどと同じような口調で「いいから」と制されて、阿部はもう一度口を噤み、困ったとわかる表情をする。

「・・・こんな、腕に負担かけるようなこと・・・」

最後の抵抗だが譲れない事だ。
そんな阿部の言葉にクックと笑う高瀬が、ほぼ無理矢理阿部を背中に引き寄せてそのまま力任せに持ち上げる。

「わっ」
「負担じゃない。」

急な高度に驚き、腕を高瀬の首に絡ませて思い切り縋る。
負担じゃない、ときっぱり言ってみせた高瀬が気になったが、態勢を整えるように一度持ち上げられて舌を噛まないように口を閉ざした。

力強く縋りついてキュッと腕を回す阿部、余りに近い彼との距離にドキリとした。

「・・・思ってたより役得かも・・・。」

高瀬がそう小声で零して、首を傾げる阿部になんでもないとシラを切る。

相変わらず言葉が足りない人だと息をつきながら、しっかりと安定した背中の上、言いたい事も全て飲み込んでただ高瀬に絡みついた自分の腕が離れないように力を込めた。

「怖い?」
「・・・少し。」

腕の力が強まったのを感じて前を見たまま聞く高瀬に阿部は少しの沈黙の後、控えめに嘘をついた。
熱を持った頬に彼が振り返らないことを祈りながら。
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