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□なんでもないただの日常
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ふぁっと欠伸を一つ、噛み殺す必要も無いので自由に出す阿部は自然と目を覚ました。
鳥のさえずりも聞こえない昼過ぎ、昨日は寝るのが遅くなってしまったのだと思い出して特に危機感もなく背伸びをする。

「・・・何時から出るかな・・・。」

独り言だ、大学に入学し始めた時から同棲している恋人の姿は部屋に無い。
島崎の部屋もあるし偶に彼はソファで寝ていたりもするが、昨日は確か布団に潜り込んできていたから、予定としては目覚めた時隣に寝ているはずだった。
しかし隣のシーツは冷たく、結構前に出て行ったのかもしれない。
起きた時間も時間なので仕方ないと思いつつ、なんとなく冷たいシーツの上をさすってみたりした。

『・・・あぁ、なんか菌がなんとかとか言ってたな・・・。』

彼は授業で培養しているなんとかという菌の様子を見にまれに朝早く行動するのだ。
朝が苦手な彼はダルそうに頭を掻いて「あんな選考受けるんじゃなかった」と息をついていた。
それでもいざ実験となると活き活きしたりするのだから子供のようだと思う。
実際出会った時よりも子供みたいだと思う頻度は増えていた、そんな彼の一面は可愛らしい。

『・・・ごはん。』

よたよたと立ち上がって台所に向かう。
次の授業くらいには出なければ、そう思うのはただの建て前で本当は島崎に会いたくなってしまったというのが事実だった。

熱を持ち始める頬を知らない振りして台所へ向かう其の途中、テーブルの上に用意してある食事を見つけて驚く。

『作ってってくれたんだ・・・』

トースターの上に6枚切りのパンが袋に入って置いてあり、其の前の皿にサラダと炒めたタコ型のウィンナー、炒り卵、あとはお湯を注ぐだけのカップスープ。
本当にまめな人だと感心せざる終えない。

『なんでタコさんなんだよ。』

朝の忙しいであったろう時間にこんなところまで気使わなくても良い、そういいたくなるような朝食に思わず笑う。
トースターにパンを入れて台所へお湯を沸かすためにその場を離れる其の間もニヤ付く頬が嫌で一度ぎゅっと強くつねった。


島崎は基本的に料理が上手い、阿部がまだ高校生で島崎が大学へ行ってしまった頃、野球を止めてしまったと話す彼が今は料理が趣味かもと電話越しに語っていた。
もう少し前に遡り、まだ付き合いたての頃に食べさせてもらった事があったが、それは昔からそうだったように思う。
大学に入って直ぐのバイト先がわりと豪華なホテルでの調理をやっていたからと言って見た目にも気を使う彼の料理は本当に美味しいのだ。

『そこいらに食べに行くよりうまいもんなぁ…』

正直言って島崎に作ってとねだられるとどうもしり込みしてしまう。
何を作っても美味しいと食べてくれはするのだが・・・。

そう考えているうちにお湯が沸いてカップに注ぐ、湯気立つソレを抱えるようにして皿の前に行き、座ってパンが焼けるのを待った。
途中パンにつけるものが無いのに気が付き、冷蔵庫を覗いてマーガリンを取り出し帰れば丁度チンッと高い音が鳴ってパンが飛び出す。

朝食らしいが時間的には明らかな昼食に舌鼓を打ち、パンを三枚ペロリと平らげると大学へ行くための準備を始めた。






昼過ぎ、島崎は朝からやっていた作業の手を止めて時計を見る。
彼はもう起きているだろうかと考えるが昨日は夜遅くまで何かやっていたようだからまだ起きていないかもしれないと思う。
手を消毒し、白衣を脱いだ後に外の自販機で飲み物を買い、缶コーヒーを傾けながら昼食はどうするかとぼんやり考えた。

阿部が来ているようなら一緒に食べたいところだが連絡を取って寝ているところを起してしまってはかわいそうだと学校の食堂へ向かう事にする。
遠いのが難点だがこの後特にやることも無いのだし、ゆっくりしようと缶を片手に持ったまま足を向けた。

昼は過ぎてしまったので人はいないが残っている食べ物も少ない。
偶々目に付いたカレーライスを頼んでがら空きの席から窓側の一番端を選ぶ。
阿部は用意してきた食事を食べただろうかとやけに粉っぽいカレーライスを口にしながら思うが、彼は島崎が作った物を残した事はなかった。

『きっと食べてるな、うん。』

起きてればだけど、と付け加えて中身がまだ余っている缶コーヒーに口をつける。
ゆっくり食事を終えて食器を片付ける前に暫くゆっくりしようと背もたれに寄りかかった。
ぼぅっと窓の外を見つめていれば視線の端に見覚えの有る人物を見つけて首を其方に向ける。

『あ、隆也・・・。』

噂をすれば、といったところだろうか
窓からは丁度校門が見えていて、そこからスタスタと歩く阿部の姿が見えた。
普段から若干早足の彼はもちろん上になんか注意も向けずにただ校内に入る為に入り口を目指す。

流石に窓を開けて手を振って大声で呼ぶ、なんて行為はしないまでも何とか気づいてほしいとは思うのは性だろうか。
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