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□君に逢えるまで
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20時ちょうどのくだり電車に飛び乗った。
俺の後ろで扉の閉まる音がして、ほっとする。
とりあえずこれで、あいつを寒空の下30分も待たせるなんてことはないだろう。
乱れた呼吸を整えて、マフラーを巻き直す。

今日で、何度目になるのだろうか。
しかしそれも、だいぶ慣れてしまった。
学校の最寄駅から5駅目。
時間にして30分。
家とは逆方向の電車。
電車の揺れが、練習後の身体に心地よく響いて、眠気を誘う。
ラッシュ過ぎの車内は人も少なくて、電車の走る音しかしない。
俺は入り口付近の座席に腰を下ろして、砂で汚れたエナメルバッグを足元に置いた。
ふ、と息をつくと、落ち着いた所為か、昨日電話越しに聞こえた、あいつの嗚咽や、震えた声が蘇ってくる。
あぁ、今日で何度目だっただろうか。


この気持のきっかけは覚えていない。
ただ、二度目にして、初めてまともに逢った時には、既に人のモノだった。
「あれ?慎吾さん?」
「おう準太。練習お疲れ」
「あ、ハイどうも・・・て、そちらは・・・?」
「あ、コレ?俺のカノジ・・・ってえ!!」
「なんつー紹介してんすかアンタはっ!!!・・・えと、高瀬さんですよね。西浦の阿部です。初めまして・・・ってわけでもないですけど」
そう言って、控えめに笑いかけたあいつを、俺は今でも鮮明に思い出せる。

あの時はうやむやにされたが、後日、二人でいるところを野球部の皆に見つかって、慎吾さんとあいつのオツキアイは公になった。
俺は、その時すでに自分の気持に気付いていたが、黙って見ていることしかできなかった。
だって、あいつは俺を見ても、あの人に笑うように、笑ってはくれないのだから。
それでも、連絡先は聞いていたから、あいつとは頻繁にメールやら電話やらをしている。
慎吾さんには、言えないが・・・いや、あの人のことだから、その辺は把握しているかもしれない。
まあ、とにかく、あいつは結構マメで、きちんと返事をくれるのだ。
内容は他愛もないことばかりだが、お互い敵同士にも関わらず、あいつは俺の調子だとかを気にしてくれていた。
多分、捕手の癖なんだろうと思う。利央のやつにも見習わせたい。

時にはみんなで飯を食いに行ったりして、そのたびに、俺はあいつのコロコロ変わる表情から目が離せなかった。
試合で見かけたときよりも、あいつはよっぽど年相応で、可愛いやつだった。
そして、好きだ、と思う気持は益々募っていった。
けど、あいつがあんなにも幸せそうに、慎吾さんの隣で笑うから、俺はそれで納得していられたんだ。

これが始まったのは、2ヶ月くらい前からだったと思う。
「・・・慎吾さんって、俺のことちゃんと好きなのかな・・・」
あまりに小さな声だったから、俺は思わず聞き返した。
「あ、や、なんでもないんで、す・・・けど・・・ぅっ」
突然のことに俺はかなり驚いたが、電話の向うで、あいつが泣いているのだけはわかった。
それが辛くて「いまからそっち行く」とだけ伝えて、俺は家を飛び出した。
あの時は22時ちょうどの電車だった。
俺が改札を出ると、息を切らしたあいつがいた。
あいつは、俺を見て少し驚いて、物凄く怒って(マジで怖かった)、ちょっと笑って、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
俺はおどおどと、あいつを慰めながら、その止め処ない話を聞いた。
自分のこと、西浦の投手のこと、そして慎吾さんのこと。
特にその頃、慎吾さんは、あいつに対して不真面目で(俺があいつの話を聞いて勝手にそう思った)、真面目なあいつはそれに対する感情を、どこにもぶつけられないでいた。
その時、俺は、こいつが普段あれだけ冷静沈着に見えるのは、いろんな感情を腹の内に溜め込むからだということに気付いた。
だから、俺はその総てを受け止めてやると決めた。

それから、俺は少し、あいつに対して注意深くなった。
電話越しに聴こえる声音だとか、たまに会ったときの表情だとか、そういうところから、あいつの限界を探っていった。
そして、さりげなく、あいつの心のほつれを突付いて、吐き出させるように仕向けた。
この立場はかなり心地いい。どんどん、新しいあいつを知ることができる。
でも、俺は、あいつがそういう意味で俺を好きにならないことも、わかっていた。


がくん、と電車が大きく揺れる。
『ご乗車ありがとうございました。まもなく・・・』
アナウンスが車両に響いて、見慣れたホームが近づいてくる。
ああ、もうすぐあいつに会える、そういう喜びと共に、今日は泣いていないといい、と切実に思う。
なあ、隆也、そんなに辛い思いをするなら、あの人なんかやめて俺にしろよ。
俺は、お前が好きだよ。
俺なら絶対隆也を泣かせたり、こんな風に気持を溜め込ませたりしない。
なあ、隆也。

我ながら、不毛な恋だ。
心の奥を刺すような痛みに、思わず苦い笑みがこぼれる。
それでも、諦められないから、今日もこうして隆也のもとへ。

君に逢えるまで、あと少し。
窓の外の闇に君を想った。
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