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□沁みる感情
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阿部は後ろを振り向くがその姿はどこにも無かった。
自分から恥ずかしくって逃げ出してきたくせに、そう後悔してももう遅い。
今戻って謝ることができるほど阿部は器用な人間ではなかった。


事の発端は仲沢の電話で始まり、会う約束をするところで動き出した。
仲沢は約束の時間に遅刻してきたものの、待つのが嫌いではない阿部はそんな事を内心咎めはしなかった。
しかし表面だけ怒ったような呆れたような仕草を見せて、昼食をおごらせるというとこまで行ったときだ、
1人の女性が仲沢を見つけて走ってくるのが見えて、余りに軽く名前を呼び合うその口ぶりから二人の中を模索し、
居辛くなってその場所から一歩、後退して遠目で見ようと決めた時にそれに気づいたのか仲沢は一言、さらりと躊躇も無く

「ごめん、今隆也と遊び行くから又今度」
「え〜、なになに?彼女?つか彼氏?」
「ん?そうそう、カレシ!!彼氏権彼女??」

彼女は冗談半分で言っていることが直にわかる口ぶりで、仲沢の方も冗談で言うようなことだったのだが、
阿部はそれが変に気恥ずかしくて気がつくと仲沢の背中を両手で力いっぱい押していた。
その自分の行為がまた更に気恥ずかしくて、逃げてきたわけだが。


こういうとき、人は感傷に浸ってネガティブになるものだ、と阿部は思う。
彼は追っかけてなどくれないだろう、彼女と遊びに行ってしまったかもしれない。
でも仲沢の性格を阿部は知っていて、きっと追いかけてくれて探してくれているだろうと判っていた。
そうして欲しいと思う自分と見つけられたくないという自分が合わさってものすごく「いやなやつ」だと自分を責める。
これでは自分が置き去りにされているようだと目を伏せて、向こうにしても置き去りに去れているようだろうに、と自分がしたことを思い出してモヤモヤしたものが自分の中に広がっていくのを感じた。

こんな気持ちを向こうも持っているかもしれない。
こんな空虚のような寂しいといえる気持ちを浮かばせているかもしれない。
そう考えると足が動こうとした。でもどこに行けばいいのかわからなくて、堂々巡りだ悪循環だと涙が出そうになる。

「・・・利央・・・」
「なに、隆也」

言葉にするつもりはなかった声に返答が返ってきて慌てて後ろを振り向く。
仲沢は先ほど別れてしまったときよりうっすら汗がにじんでいたが、怒りなど思わせない柔らかい笑顔だった。
阿部はどうしたらいいのかわからず。背中に張り付いているというぐらい近く感じる利央に少し距離を開けるべく一歩踏み出そうとしたところで
抱きしめられ止められる。仲沢は彼がまた逃げてしまうのだと感じていた。それは見当違いなのだけど・・・。

「あ、逃げないで!」
「え?」

ふわりとした抱擁に、阿部は驚いたが仲沢の言葉に全てを理解し、逃げないからと短く言った。
ゆっくり離れていく腕が名残惜しいような気がして直にその思いを振り払い拳をぎゅっと握り締める。

「ごめん。」
「・・・いや、・・・・・・。」

沈黙が流れて、阿部は背を向けたままだったが耐え切れなくなったというよりも覚悟を決めたというように
酷く小さな声で
「・・・わるかった」と言った。
それに慌てて仲沢が「俺のほうこそごめん」と本日2度目になる謝罪をして、続かない会話にまた沈黙が流れそうだったがそうなるまえにと仲沢はぽつりと話し出した。
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