series ToseixA(Dear)

□無理矢理サイクル
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「よーっす。あ、隆也君やほー」
「こ、こんにちは…」

最初に入ってきたのは山ノ井だった。
パタパタと手を振り、右手に持った荷物を床に投げ捨てて明らかに阿部の様子を伺おうとするので、彼はなんとか島崎を盾にして逃げる。

「んー…」
「……」

山ノ井はきっとわかっているだろう、今阿部がどんな格好をしているのか。
白々しく困ったように眉を下げながらも覗き込もうと体を揺らす。

「慎吾邪魔だなぁ」
「や、俺のせいじゃねーし」

阿部は島崎をにらみつけ、俺がこの格好なのは十中八九あんたの仕業だと、声高らかにいいたいものだったが論点が違うと飲み込んだ。
そうこうしているうちに河合が部屋に入り、高瀬、仲沢と続く。
河合はこのやり取りを見つつ遠くで苦笑していて、助けてほしいと本気で思う阿部の思い虚しく、其の思いは届かないようだ。

「…あのさ、隆也」
「な、なんですか…」

島崎が阿部に向けて困った末にといった声を出した。
なんだというのか、此方は逃げるので精一杯だというのに、そんな事を思いながら小さな攻防を続けつつ返事をする。

其の間にも高瀬と仲沢の二人が阿部の様子をチラチラと見てくるので、敵が増えていると判断した阿部の動きは随分と忙しない。

二人の様子を見れば何かに期待したような眼差しであり、全員一枚噛んでいるのだろうという考えが浮かぶ。
着替えさせたのはたった今隠れる用の物として使用している島崎だったが首謀者は別なのかもしれない。

しかし本当に何故こんな話になったのか、結局先程は聞けなかった事をもう一度心の中で思う。
そして少し大きいにしても何故自分が着られるサイズの制服があるのか、少し冷静に考えてみれば疑問しか残らない。

「あの、くっつきすぎかなぁって思うんだけど」
「だってそうしないと見えるじゃないですか」
「…んー」

体を密着させたら前からは見えないはずだとふんだ阿部は、確かに普段では考えられないほど島崎との距離が近かった。
それが嫌だと言っても離れるわけがない、こんな格好をさせた罰だと思えばいい。

阿部は決して島崎の困惑の原因が自分への好意だとは気づかない。

少し嫌だという反応とは違う気がする。
島崎の小さな抵抗は阿部に対し其の程度の伝わり方だった。

わかっていないだろう彼の反応に島崎は困ったように曖昧に返事をする。
周りは焦ったように阿部の周りに集まって離そうとしてくるが、阿部はやはり見当違いの思想で眉を寄せた。

『そんなに困るくらいならこんな格好させなければ良かったのに』

周りの持つ本当の真意など知らず、島崎を哀れに思って引き剥がしに来ているのだと、そんな答えに行きついていた。

「ほら、隆也でておいでー」
「嫌」
「隆也っお菓子あるよ!」
「俺は野良猫か…」

ガサガサとコンビニのビニールを揺らして気をひこうとする利央に、阿部は眉を寄せ思い切り不快感を表す。
断固として首を横に振り続けその場を死守していたが、それは意外な、阿部にとっては驚くべき終結を迎える。

たしかに、先ほどから阿部を宥める中に彼はいなかったが、また遠くのほうでやれやれとした表情をしていると思っていたのだ。
もっといえば其のうち見かねて助けてくれるのではないかと、そのくらいの期待を持っていた。

しかし、それはあっさりと裏切られることになる。

「よっ…」
「!?」

後ろからすくい上げほぼ力ずくで島崎の背中から剥がした声は紛れも無く彼で、驚きに振り返ってその姿を確認した。
「おー似合うじゃないか」なんて悠長な言葉を吐く彼、河合に阿部は唖然とした目を向ける。

「…」
「和己は良い仕事するなぁ」

山ノ井の河合に対する賞賛の声が上がる中、彼は申し訳なさそうな目を阿部へ向ける。

「…和己さんの裏切り者…」
「う…」

だが阿部と言えばそんな視線は無視し、恨みがましく睨み付け裏切り者と口にした。

河合が眉を寄せ冷や汗をたらす。
今のように申し訳なさそうにしながら、あっけらかんとそういうことをやってみせる。
同級生の二人から言わせれば河合はそういう人間だ。
今までの阿部の認識が少し違っていただけである。

今まで阿部に無かった「この人は案外白々しいのかもしれない」そんな印象を今の行為一つで刷り込むのは簡単だった。
山ノ井と島崎から言わせれば、何故今まで彼の本質がばれなかったのかが不思議でならない。

「…」

阿部は今まで無いほどに河合に対する警戒心をむき出しにしていたが、ただ根は良い人のようでやはり攻めるような態度になると途端に、しまったとでもいうような、そんな感情を表すのでどんなにケロッと酷い事をされたとしても憎めないのは確かだった。
これが天然でなかったら性質が悪い。


それにしても、だ。

「…おろしてくれませんか?」

地に足がついていない今の姿は聊か恥ずかしい。
宙ぶらりんの状態のまま、持ち上げられたことにショックは隠せず照れ隠しもかねて下ろしてほしいと言う。

すると、河合は困ったように視線を島崎の方へ向けた。
阿部は視線の方向から島崎が何か言っているのだろうかと思ったがそうではないらしい、彼の視線を辿ってみればそれは島崎のシャツを未だに握っている阿部の指に注がれている。
なんだかおまけとして吊り上げられている島崎、否、島崎でだけではなく阿部を含めたこの体制全てが滑稽だった。

「離したら降ろしてやる」
「…」

阿部がソレに従い指を開き腕を引くと、河合は宣言どおり阿部を地に降ろした。
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