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□Secret Heart
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わざわざ追いかけてまで引き止めた事自体が信じられなかった。
だってそうだ、ベランダなんてすぐそばでコーヒーの出来上がる時間の誤差もたかが知れている。
わざわざ行かなくても、実際のところ彼の方が窓から近かったのだから。
「え…、じゃ、じゃぁお願いしま、す。」
「ん。」
ほら、戸惑った。
驚いた様子で頭を下げ、当初の目的である台所へとまた歩を進めていく。
随分と華奢に見える背中を見送り、視界に入らなくなったところでクルリと背を向けて、本当は彼の目的場所だったベランダへ向かった。
カーテンを潜り、窓を開けた瞬間ぶわっとものすごい風が通り過ぎる。
「風はまだ、冷たいな。丁度いいくらいだけど…。」
来たときはこんなに強い風じゃなかったはずなのに、そう思いながらベランダから外へ出た。
気温は暑い日、でも風が冷たくて比較的過ごしやすい日。
ただ自転車にはあまり乗りたくないな、なんてもう何年も使用していない乗り物に思いをはせ、聊か見当違いのことを思ったりしてベランダ下に通過する乗用車を見ていた。
それほど車通りが多いわけではないらしい前の道路は、一台の車が通ったっきりで何の影も見えない。
「……」
道路もすぐに見飽きて何をしようかとぼんやり考える中、ふと手の平を広げ、前へ出す。
手すりの部分に押し付けてひんやりとした感覚を味わおうと思ったが、思ったほど冷たいわけではなかった。
『…あつい』
頬の方がまだ冷たいかもと、手の平に顔を寄せる。
『手より熱い、か』
何故さっきは手を取ってしまったのか、俺は体温が低い方の部類だからこの暑さには参ってしまう。
あの子に触れた部分が熱い、顔が熱い、ならば…赤いのだろうか。
いや、それは駄目だ。
弟が起きてきた時どんな顔をして向かえばいいのかわからなくなる。
『もういっかい触ったら、あの子は異変に気づくかな?』
誰に投げかけた疑問なのだろう、
でも、その問いに俺が答えるとしたら『気づかないだろうね』と返す。
『気づくも何も、触れないから』
だから早く、またもう一度自然な温度で触れられるように冷めてしまえばいい。
火傷しそうに熱い手の内側、早く冷めろと言い聞かせるように何度も心の中で思う。
ふと、自分はまた彼に触れる気なのかと苦笑した。
『兄弟そろって好み一緒だからヤダよなー』
昔からそうだった。
まだ一緒にテレビを見ていたころ、好きな芸能人だって一緒だった。
俺が彼女を家に連れて帰ったときもまだ小学生だったくせに変になついたりして、中学生の時だって其の子の前でだけなんだかやけにしおらしくなったりして。
今度は逆か、と思う。
口元は弧を描きつつ、かるいため息をついた。
「…え?兄貴?なにしてんの?なんで居んの?」
開けっ放しだった窓から弟が顔をのぞかせる。
朝から嫌なもの見たな、そんな思いがありありとわかるような表情、しかもそれを隠そうともしないでいた。
「……」
普段から余りにやけ顔を崩さない、本当に昔から俺に良く似た弟だった。
でも俺を目の前にすると全力でいやそうな顔をするのがせめてもの救いだと思う。
心からの表情なんて『野球をしている時』以外に出なかった俺と違って、弟は比較的表情が柔らかい気がした。
最近ではあの子が来て優しい表情も出来るようになった。
兄として嬉しい反面、うらやましい気持ちももちろんあるが、それはそれでかまわないと思った。
「おい」
「ん?あ、慎吾起きたんだ、おはよ。」
ぼうっとしていたと言うシチュエーションを装って、今気づいたよとでも言うように返事をする。
こういう所を弟が豪く気に入らないのを良く知っていた。
というか、たぶん、十中八九はこの切り替えしに嫌悪感を抱いているだろう。
わかっていてやっているのだけれど。
「…なにしてんだよって聞いたんだけど…。まぁ、はよ。」
珍しいことに帰れといわないのは、起きたばかりで口論する気にもならないせいだと思う。
何をしていると聞く声すらだるそうだ。
「うん…さて、何でしょう」
濁して伝えた言葉を弟は興味なさそうに相槌を打った。
部屋に戻っていく彼を追ってベランダから部屋へ戻りながら、そういえば窓を開けに来たことを思い出す。
彼のコーヒーを待っているんだよとは何故かいえなかった。