series SxA(first love)

□空間と理性
2ページ/3ページ

翌日、放課後。

島崎が居る事で部活に支障を来たすわけにはいかない、というのはコレは阿部の内心心掛けている事だ。
明日会おう、週末会おうと約束しているから上の空なんて言い訳まかり通るわけがないと気を強く持つ。

『第一そんな事言ってたら一生まともに野球できなくなる』

付き合い始めの頃は何処か心が野球に向いていないところを見せた阿部だったが、今は如何にか島崎のせいだと思わないためにも、言われないためにも、懸命に野球に取り組んだ。

いつしか彼に会うほうが集中できているのではないかと思えるほどになったことに、阿部本人、努力の賜物だと中々誇らしく思う。

『慎吾さんには言わないけど・・・』

これを島崎に説明するには上の空だった期間も必然的に話さなければいけない、野球に集中できないくらい彼のことを考えていた、と思われるのが阿部にとって耐え難く恥ずかしいらしい。

ただ、部活が終われば其処は相変わらず。
というのは、阿部本人が思っているわけではなく、コレは隣に居る栄口の言葉だ。
ロッカーのドアを開け放して手から滑り落ちた落とし物を取り、そのまま上げた頭を鉄製のそれに思い切りぶつける。そんなあまりに「彼らしくない」姿を見ると

『あー、今日は会うんだろうなぁ』

そうほぼ確信的に知らん顔で思う程島崎と会う前の阿部はおかしい。

「じゃ、俺行くから。」

早々に着替えて誰よりも最初に出て行く、そうなってくると『ほぼ確信的』なものは『確信』にかわって、栄口は思わず別れの言葉ではなく

「はーい、行ってらっしゃい」

と口を滑らしてしまう。

しかし、其の言葉の奥深くにある意味を阿部が理解することはなく、少しだけ首を傾げながら(急いでいるので)特に触れずに部室を出て行った。


「・・・行ってらっしゃいって・・・。」

阿部の出て行った部室の中、扉の閉まる音が聞こえて途端に苦笑いの西広が栄口に向かって言う。
栄口は「間違えた」と、少し照れながらバツが悪そうに笑った。




「今、部室でたんでっ、もうすぐ行きますっ」

部室を出た後走り出した阿部は、着いたよと10分前にメールで知らせてきた島崎に電話をかけた。
息は切れないが走っているのが解るほどに伝わる声は揺れていて、それに島崎は一つ微笑み「ゆっくりおいで」と声をかける。

そうは言っても阿部が島崎を待たせていると知ってゆっくりしていられるわけも無く、了承の返事をしながら走るスピードは緩めなかった。

門の前につくとずり落ちた鞄と着ているシャツを正し、流石に少し乱れた息を整える。
つながりっぱなしの電話でついたことを報告しながら今日はもう既に閉められている門に手をかけた。

普段ここの門とは全く正反対から出る阿部はここの門事情など知らないので別に閉めて出れば何か言われる事はないだろうと力を込めてあける。
どうやら鍵はかかっていなかった、否、それ以前に門は壊れているようでガリガリと音を立てて開く。

『・・・あー、こういう・・・』

錆びた門に締められていた意味が解ったがもう遅い、開いたギリギリの隙間から抜け出ると今度は外側から閉める為に力を込めた。
しかし、これが中々ビクともしない。

「手伝う?」

2重に聞こえた声にビクリと阿部の肩が揺れて、後ろを振り向く。
後ろには携帯電話を耳に当てたままの島崎がいて、阿部と目があったときふわりと笑った。

門の外に居る事はわかっていたが、行き成りの事に阿部は驚いて微動もせず島崎を見続けている。
そうこうしているうちに島崎が携帯電話を切って阿部の前にある門へ手を伸ばした。

「よっ、・・・あ、ちょっとホントに硬い」

片手では辛いと踏んだのかもう片方の手を伸ばす。
必然的に腕と腕に挟まれる形となった阿部は頬を赤く染めて慌てて門のほうを向き、島崎と一緒に何とか錆びて軋む門を閉めた。

ガタガタと音を立てて閉まった門にホッとしつつ、それどころではないと心臓が音を立てていることに阿部本人は言われるまでも無くとっくに気づいている。

「・・・?あの・・・?」

門は閉まったというのにどかない腕に疑問を抱き、チラリと後ろを向いてみる。
どうやらじっと向けらていたらしい視線が気がつけないくらいの微妙さでハッとした。

「ん?あ、ごめん。」

そういいながら逸らされた目、やっと門から離れた手は少し汚れていて、島崎は手の平を見た後に軽く叩いて落とす。

「いえ、あ、ありがとうございます。」

阿部は改めて今の状況を振り返り考えてみると余程間抜けな事態だったということに気づき、照れながら、引かない頬の暑さに島崎を真っ向から見られず当惑する。
其れが手に取るようにわかるのか、島崎は目を細めて此方を見あぐねる阿部の頬にフレンチキスを落とした。

「っ!?」

バッ!と音がしそうなほどの勢いで振り向く彼に笑って頭を優しく撫でる。
阿部の赤い頬に手の平を当ててあついね、なんて満足気に笑ってみせた。

「じゃ、行こうか」

パクパクと口の開閉を繰り返す阿部に言い返す時間を与えないまま、島崎は彼の手を取り、身を翻して優しく引く。
それに気がついて釈然としないまま大人しく歩くが、そこでそういえばと気がつくことがあった。

「あの、慎吾さんバイクは・・・?」

まさか此処まで徒歩で来たわけじゃないだろう、しかしいつものバイクの姿が見当たらない。
首を傾げて問う阿部に島崎が首を振るので更に混乱した。
そんな阿部の様子を見て島崎は微笑み、阿部を繋ぐほうの手と逆の手を上げ、前に向かって指を指す。

「今日は、アレ」

阿部はまるで釣られるかのように指されたたものの先に視線を移し、進行方向に止まる一台の車に目をパチパチと瞬かせて驚き半分で島崎に目を向けた。

「え!?」
「うん、免許取ったんだ」

ほら、と言って胸ポケットから取り出され渡された其れは免許証。
まだ免許を取れる年になっていない阿部は、島崎の写真と名前の入っている紛れも無く本物のそれを興味津々に見つめた。

「う、わぁ。おめでとうございます!」
「ありがと。じゃ、乗って。」

免許証を本人に返すと島崎は受け取りながら其の車に乗るように促す、
誘われるままに助手席の方へ近づいてチラリと視界にはいった初心者マークに笑ってしまった。

阿部が何故いきなり笑ったのかと目を向けた島崎が、彼の目の前にあるそれに気がついて苦笑いを浮かべ、そのまま運転席へ乗り込む。
阿部も其れを見て笑いを堪えながら同じように隣へ乗り込んだ。

「お、おじゃましまっ・・っ、ふはっ」
「免許取ったばっかりだから仕方ないだろ・・。」
「だ、だって・・、似合わないんですもんっ・・。」
「してなかったら怒るくせに」
「そりゃ、した方が良いですよとは言うかもしれないですけど」

未だ肩を震わせて笑う阿部にふうと息を吐く。
とりあえず発進させようか、とツボにすっかりはまってしまった阿部を横目にエンジンをかけた。

確かに、車体が黒の一見スポーツカーのような風貌で、しかも普通より車高の低いこの車には全くと言って良いほど初心者マークが似合ってはいない。
寧ろ彼自身にこの黄色と緑で出来ているマークが似合わない事が阿部にとって何よりもおかしいいようだ。

「・・出るよ?」
「は、はい。」

何となく感じる島崎の冷たい雰囲気に阿部は笑いを堪えようと死ながら返事をし、肩上にあるシートベルトを引き装着する。
カチリ、という音が車内に響いて、瞬間、もう一度阿部は盛大にふきだした。
どうやら笑いを堪えることが逆効果になっていけない、震える肩は暫く島崎の視界に止まる。
とりあえず放っておこうか、島崎も阿部と同じようにシートベルトを後ろからその細い指に引っ掛けるようにして引っ張った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ