short

□Secret Heart
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良い風が吹いている。
台風の前の日のような少し強めの気持ちの良い風。
朝梳かしただけの髪がぼさぼさになるくらいの勢いで、セットに時間をかけなくて良かったと抵抗として前髪だけ押さえながら思った。

弟の家に来るのはこれが何度目だろうか、あの子は俺が来るのをとっても嫌がるから面白いと思う。
昔は俺の後ばかり付いてきたイメージがあるけれど、それも本当のことだったかすら怪しいくらい曖昧だ。

いつの間に嫌われたか、なんて覚えが無い俺にはいまいちわからなくて。
ただ最近出来た彼女、
否、彼氏といった方がいいのか

とりあえず彼がきてからやけに気を張っているような気がした。


ここに弟が入居してから3年間、鍵は結局もらえなくて仕方無しにチャイムを押す。
ただいまの時刻は朝9時、起きているかは正直賭けだった。
起きていなかったら起きていなかったで電話でも使って起こしてやろうと目損でいたのだけど、どうやら其の心配は必要なかったらしい。
玄関の向こう側でパタパタと足音がする。
もっと気だるそうにくると思っていたが、その軽快な足音に驚いた。

開いてみれば成る程、と部屋から出てきた人物に思う。
はいと言う声が聞こえたときから気づいていたのだけど

「あ…」

少し「しまった」という顔を表に出す彼は、たぶん弟に色々吹き込まれているのだろうと安易に想像できて笑った。
最初に会ったときはもう少しフレンドリーだった気がする。

ただ追い出すなんてこと出来ないようで、入ると一言伝えると慌てて道をあけた。

邪魔する訳ではないし、ここは弟の家なわけで挨拶等いつもは言わない。
ただ背中に感じる視線が気になって振り向いた時、合ってしまった目に反射的に笑顔を作った。

「お邪魔します」
「あ、は、はい」

赤くなっているのは知らない振りをする。
お邪魔しますなんて言ったの初めてだとシミジミ思いながら奥の部屋へ進んだ。
背後からは数歩後にあの子の気配がするが、それ以上近づこうともしないのはやっぱり弟の影響なのか、それとも彼が人見知りなのか、俺が苦手なのか。

「慎吾は…寝てるのかな?」
「はい、まだ…」
「そっか、こっちで待ってるけどいいよね」

コクコクと何度も頷いてくる。
それがどうも小動物を連想させた。
そんなに可愛いところ見せたっていいものなんて持ってないよと教えてあげたいくらいだ。
もちろん弟の前で、聞こえるように。

『まさか、そんなことしないけど』
「優さん」
「なに?」

彼は俺のことを名前で呼ぶ、たぶんお兄さんだとかそんなふうに呼ぶのが恥ずかしいのだろうと踏んでいるのだけど、実際はどうなのだろう。
呼びかけににっこりと笑顔で振り向いてやれば、彼はほんのり顔を赤くさせた。

「コーヒー、のみますか?」

チラチラと視線を散らしながら問いかけてくる。
誰を重ねて赤くなっているのかなんてお見通しで、わかり安すぎると心の奥で笑う。

「君が淹れてくれるの?」
「あ、はい。慎吾さんまだ寝てますから」

寝てるからと言ったが、起きていても弟はきっと頼まなければお茶のいっぱいどころか飴の一個もくれないだろう。
しかも、頼み方と言っても特別な頼み方をしなければいけない、
例えばそうだな、目の前に居る彼を人質に取るとか。

まぁ、それは冗談として。


弟が起きていれば何だかんだで淹れてあげるだろうと思っている彼は、たぶんあいつに甘やかされているんだろうなと思う。

笑い話ではなくて本当に、二言目には帰れと言うのだから救いようが無い。

「へぇ、じゃぁ折角だし一杯もらおうかな」

そろそろ起きる予感がするが、はるばる来た中でコーヒー一杯を断る理由が無かった。
寛いで飲んでも罰も当たらないだろう、当たったところで別に気にしないし、きっとなんともない。

「はい、あ」
「ん?」

台所に向かおうと彼が来た道を引き返す仕草を見せた時、視線がベランダの窓へ移る。
「あ」と足を止めた彼に、何かあったのかと聞くために先を促す言葉を投げた。

「いえ、窓開けようとしてたのを思い出して」
「なんだ…、そんなことか。俺がしとくよ、お茶のお礼じゃ少ないかもだけど」

ベランダの方へ向かおうとする彼の腕を追いかけ、捕まえる。
窓を開ける行為を買って出た自分を、たぶん目の前の彼よりも自分自身が一番不可思議に思っただろう。
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