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□珈琲の苦味と甘味
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今日は島崎が居ない、そんな時に阿部と呂佳が出会う事は初めてだった。
面識は多々あるものの、島崎を間に通しての間柄だった為かお互いであった時は思わず「あ」と声を上げるほどに意外性はあったらしい。
知り合いだという事、そして珍しいのと二人が暇だった事が重なって近場の喫茶店でコーヒーでも、という話しになり、阿部の気持ちとしては何処か島崎に少しの罪悪感を覚えながらソレを了承した。
「コーヒーくらい奢ってやるよ」
喫茶店の窓際の一番端に座り、今持ち合わせが少ないからコーヒーだけだけど、と付け足す彼に首を振って自分の分は自分で払うと遠慮するが、それが気に入らなかったのか呂佳は眉をひそめて阿部の額をペチと叩く。
「奢られろって、それ相応のもの貰ってやるから・・・・高くつくかもしれねけどな」
「・・・?はぁ・・・?」
言っている意味がわからない、と叩かれた然程痛くない額を押さえる。
首を傾げる阿部を他所に、呂佳はさっさとウエイトレスにコーヒーを二杯頼んでしまい、何だか腑に落ちないながらも強情を張るものではないと口を噤んだ。
ただ、何を話していいか、共通の話題といえば野球、そして。
いきなり野球の事を切り出すのもどうなのだろうか、そう考えチラリと前に座る呂佳へ視線を送る。
彼は頬杖を付きじっと阿部を見ていたらしく、顔を上げた阿部は呂佳と視線が合った。
「な、んですか?」
「いや?」
まるで見ていなかったとでも言うような言い草、
仲沢呂佳という人物をまだ良くわかっていない阿部にはただ首を傾げるしか出来ない。
もっとも、彼を良く知る人間でも解るかは不明だが。
「お前慎吾と付き合ってんだよな?」
「・・・・・え?」
そうだ、共通の話題といえば彼なのだ。
しかし、余りに突然な切り出しとストライクな話題に阿部はポカンとした表情を向け、空耳かもしれないともう一度聞きなおす。
「だから、お前慎吾と付き合ってるんだよな?」
だがそうしても一言一句間違いなく繰り返される其の言葉に「聞き間違い」は存在していなかったようで、呂佳の二度の発言後、阿部は顔を赤らめた。
確かに島崎と阿部は付き合っているのだから、事実を知っている彼に隠す必要も無いが確認し直す事も無いだろうと心のうちで反発する。
口に出してただ一言「はい」と言うことが阿部には恥ずかしくてならないのだから。
もごもごと口の中でだけ静かに発せられた「はい」は呂佳の耳に届くわけもなく、片肘を突いてじっと見つめてくる彼の視線は痛いほどだと今まで見返していた目を逸らした。
そこでウエイトレスが一礼して珈琲をテーブルの上にコトリと置く、珈琲のいい香りが漂って何となくだが阿部の無意識な緊張を解していく、タイミングの良いウエイトレスのおかげでもしかしたらこの話題から抜け出せるかもしれない、そんな期待を持ちながら置かれた珈琲カップを皿ごと手繰り寄せ、チラリと呂佳を見返した。
「んで?」
あくまで先を促す彼に、密かに眉を寄せ仕方無しにと口を開く
「ま、あ・・・そうですけど・・・。」
珈琲と共についてきたミルク入りの白いポット、今度は其れを手繰り寄せ気持ち誤魔化しながらぶっきらぼうに言う阿部に対して、呂佳はまるで興味が無さそうに「ふーん」とだけ答えた。
其の返事に、変に力の入ってしまった自分が滑稽に見えて気恥ずかしくなる。
ポットを傾けてミルクを入れる、それだけの動作が何時もよりぎこちない。
真っ黒だった珈琲に白い其れが沈んで滲むのを見てから、ポットを呂佳へと差し出しつつテーブルの上にコトリと置いた。
「どうぞ。」
「あ?」
強めの聞き返しに若干ムッとした表情をする阿部だったが、呂佳は特段それに謝る風もなくただ一言「いらない」といってテーブルの中心に置かれた其れを取る様子は見せない。
「そう、なんですか。」
「おぅ。」
思っていたより口数の少ない人だ。
思いながら今度は机の端に備え付けで置いてある透明の容器に入った砂糖に手を伸ばした。
サラリ、とスプーン一杯だけキラキラと光る粉雪のような砂糖を入れながら「あ」と思う。
『あんまり知らないから口数が少ないのか』
親しいか親しくないかといわれれば二人の関係は親しくなんて無い、そういえば島崎と話すときの呂佳はもっと口数が多く笑う事が多かった気がするとぼんやり思い出す。
「アイツだってブラックだろ。」
珈琲を皿の上に置かれていたスプーンでグルリと掻き混ぜて、カップに手をつけた瞬間そう言われた。