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□逢いたい
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「一緒に真夜中出掛けないか?」

と、言われて何も考えないままハイと答えた。


其の事を後悔している訳ではないが、余りの寒さに悴む手を握り締める。
真夜中のデートと称して月の、明かりの無いこの日に誘って来たのは高瀬で、頷いたのは阿部だった。

デートという響きに「何言ってるんだ」と半ば呆れ気味な様子であった阿部も、内心心臓を躍らせつつ差し出される其の手を取る。

「隆也、顔赤い」

そういって笑う高瀬に、ごまかすため「寒いんで」とぶっきらぼうに返す様を、やはり高瀬は優しげに笑って返す。
ごまかしきれていないと知りながら、これ以上言うのも泥沼な気がして口をつぐんだ。

「何処行きたい?」
「何処行くんですか?」

ほぼ同じタイミングで言われた同じような台詞に思わず高瀬は吹き出して笑った。
阿部は一瞬恥ずかしそうに顔を背ける。

「誘っておいて決まって無いんですか・・・」

呆れたように言う阿部に高瀬は照れた顔を浮かべながら頷く。
ただ、阿部は呆れたように言いながらも大して気にしている様子は無いようで、それでも照れ隠しに怒って見せた。

「実は・・・」

足は止まっておらず、ただ目的もなく道を歩いているだけで、人通りもなければ車も通らないような道をトロトロと歩く。

沈黙の中話を切り出し始めた高瀬が開いた口を閉ざして、それに阿部がゆっくりと目を向けた。

「・・・・なんですか?」

其の先を中々言おうとしない高瀬に痺れを切らして催促をする。
口数は普段から多く無いけれど、口篭るなんて珍しいと、そう思いながら阿部はじっと彼を見続けた。

覚悟を決めたような高瀬の表情、それは暗くてよく見えないので阿部は気がつかなかったが、其の顔は仄かに赤く染まっている。

外の気温は寒いというのに温かい自分に高瀬は自分が赤くなっている事を知って、阿部の表情が変わらない事から彼に気づかれていないことに多少なりともほっとした。
夜の闇にでも溶けているのだろうか、でも高瀬からは阿部の姿が良く見えているからもしかして彼は少し鳥目なのかもしれないなと思う。
もしくは自分が暗闇に強いか、と其処まで考えて不満げな阿部の表情に言いかけていたことへ頭を戻す。

「ちょっと、恥ずかしい事なんだけど」
「?・・・どうぞ?」

自分の表情が見られていないなら言いやすいのではないかと、思う。
けれど心臓は早くてただ何時もより強く脈打っていた。

すっと息を吸うと冷たい空気が熱い口内を冷やして肺も冷やす気がする。
ついでにこの茹っている顔も冷やしてくれないだろうかと思うが、一向に赤みは引く様子が無い。

よし、と一つ意を決した。

言わなきゃ伝わらない、それは告白の時に嫌というほど経験したし、何よりこの感情を彼に知ってほしい。

「・・・会いたかっただけ、なんだ・・・けど」

ポンっと、道に放り投げ出されるようなイメージで言葉が落ちる。

ふわりと其の瞬間だけ風が吹いたような気がしたのは、その瞬間だけ感覚が研ぎ澄まされたのではないかと阿部は一瞬のうちにそう思った。

「・・・・」
「・・・・」

沈黙が二人の間に産まれて、いつの間にか二人の足は止まっていた。

「・・・あ・・・」

何か言おうと阿部がパクパク口を開閉して高瀬に何か言おうとするが、声は出る様子が無い。

ただ頭の中だけがグルグルと回転して言いたい言葉が思いつく様子も無く、自分で何が言いたいのかも解っていないようで、阿部は恥ずかしさに全身温かくなる。

「・・・っ」

不意に高瀬が阿部の頬へ手を添えた。
投手の硬く大きな手が阿部の頬を包み込んで、其の冷たさは熱のある頬にはヒヤリと気持ちがいい。

「顔、赤い?」
「・・・しかたないでしょ・・・」

あからさまにムッとした表情をしているのがわかる言い方をする阿部も、手を伸ばして高瀬の頬へピタリとくっつける。

「あんただって赤くなってるじゃないですか。」

今度は優しく柔らかい声色で言う阿部に、高瀬のほうも優しく柔らかく微笑み「うん」と頷いた。

暗闇の中、ゆっくりとした動作で合わさる唇は真冬の気温に見合うことない温かさで、二人して白い息を吐きながら暖を取るように身を寄せた。

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