ハイキュー!!

□では愛でも育もうか
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見てるだけで幸せだった。

彼の目はいつもコートの中にあったから、観客席の私の姿なんて全く見えていないのだろう。

私も、彼のバレーの邪魔をする気ほ全くない。
寧ろ、バレーをしている彼の姿が好きになったのだから、ぜひともその姿を拝んでいたい。


「あんたも物好きねぇ。あんな仏頂面した奴が好きだなんて。」


一緒に見ていた友人は、例のごとく三年生の及川先輩が好きなようだ。

私はそんな彼女に「面食いよりマシですぅ」と口を尖らせる。


私が好きなのは、いつも冷静で静かにコートを出入りする国見英くんなのだ。
周りはサボってるというが、それこそが彼の真骨頂。

彼は燃費がいいのだ。


「でもさぁ、国見って彼女作んないって噂だよ?」


隣にいる友人は、お目当ての及川先輩な出番が終わると椅子に腰掛けて足を投げ出す。
私もベンチに戻っていってしまった国見くんをチラっと見て、友人の隣に腰掛けた。


「知ってるよ。でも私は国見くんの邪魔をする気は全くないし、寧ろ彼女を作らないんだったら応援しやすいじゃん。」


私がそう言うと、友人は「健気だねぇ。私もそんな目で見れたらなぁ」と呟いた。





次の日も、友人と同じように観客席に座って練習試合を眺めていた。

国見くんは相変わらず涼し気な顔でコートを走っていた。


「かっこいいなぁ…」


呟きながら少しだけ寂しくなる。
昨日友人に言った言葉とは矛盾するが、少しだけでも私の存在が目に入ればいいのにと思う。

ふと、目に涙が滲む。

じわりと浮かぶそれは、国見くんの姿を見えなくする。
それが嫌で必死に目を擦るけど、一度出てきた涙は簡単には止まってはくれなかった。


「ごめん。目にゴミ入っちゃった。水道行ってくるね。」


友人にそう伝え、体育館の裏にある水道場へと向かった。



ぱしゃり、ぱしゃり

ひんやりとした水はまるで国見くんを表しているかのように思った。


「国見くん…」


小さく呟いたそれは、水道から流れる水を手で弄ぶ音で掻き消されただろう。

なのに、私の横には影ができていて、小さく呟いたひとりごとには「何?」と低い声で返事が返ってきた。



「えっ、あ、国見く……ん」


私に影を作っていたのは紛れもなく私が焦がれていた人だった。

国見くんはまだ流れ続ける私の涙を自身の右手で拭いとる。


「何で泣いてんの」


国見くんの右手はとても熱く、水で冷やしたはずの私の目元はすぐに暖かくなった。

ぽかんと国見くんを見ていると、国見くんは少しだけ微笑んで「変な顔」と言った。


「で、何で?」


今度は左手で涙を拭ってくれる。
やっぱりその手は熱い。


「なんで、って言われると……困るけど…」

「なんで」


国見くんは何故かグイグイと私に尋ねてくる。


「えっと……目にゴミが入ったので……」


視線を外しながら答えると、国見くんはため息をついて「嘘つき」と言った。


「ほんと、昨日まではあんなに嬉しそうな顔で見てたのに、なんで今日は泣いてるのかなぁ」


呆れたように笑って国見くんは私の頭を撫でる。
その状況に頭が追いつかず、私はまたぽかんとしてしまった。


「ねぇ、今日は嬉しそうな顔で見てくれないの?」

国見くんは茶化すように言う。
その時、先輩らしき人が現れて国見くんを呼んだ。

「あ、のっ!」

私は咄嗟に国見くんの着ていたユニフォームの裾をつかむ。

そして、今まで言えなかった分の言葉を伝えた。


「いつも、見てます。応援、してます。あと、ええっと、が、頑張って下さい!」



半ばヤケクソのように彼に伝えて走り去ろうとすると、今度は彼が私の腕を掴んだ。


「ありがと。あと、好きだよ。名前さん。」


そう言って私を放し行ってしまった。




観客席に戻りコートを見る。

国見くんは相変わらず燃費が良いようだった。

しかし、いつもよりかっこよく見えるのは、国見くんの姿が昨日より鮮明に見えているからだろう。




「見てた?よね。」

「う、ん。」


帰ろうと思い体育館の横を通った時、不意に声をかけられた。
声をかけてきたのはもちろん国見くんで、彼も既に制服に着替えていた。


「今日は練習試合だから早いの」


まるで私の考えを読み取ったかのようにそう言った。
国見くんは私の手を取り歩き出す。

ゆらゆらと揺れる二人分の影の距離はとても近くて、昨日までは考えられないことだった。

「国見くん。なんで私の名前知ってたの?」

私がそう聞くと国見くんは「ないしょ」と悪戯っぽく微笑んだ。 


しばらく、心地のいいようなむず痒いような沈黙が流れた。


「ねぇ」


少し上から聞こえる声のほうを向くと、彼は少し屈んで私に唇を合わせた。


真っ赤になったであろう私を見て彼は一言、「かわいい」と呟いてまたキスを落とす。


「それじゃあ名前。これから俺と、愛でも育みましょうか」





     

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