gift&present

□人はこれを狂気と呼ぶ
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彼は、昆虫採集が趣味だった。
まぁ俺は虫とかそう言う類はキモいとしか思えないから好きじゃない。

でも彼はそいつらを嬉々として集め標本にしていた。


中学の時にあった。
蝶や蛾の採集が好きだった主人公が隣の家の子の珍しい蛾を盗んでしまう話。
あれって確か、罪悪感で盗んだ蛾を潰してしまってそれを謝りに言ったら軽蔑されて…最終的に自分が標本にした蝶や蛾も全部粉々にしてしまうっていうのだった気がする。

まぁ、主人公がその隣の家の子を悪く言ってるせいで滅茶苦茶悪人になってるけど。


でも俺と名前の関係はそんな感じだった。
彼は悪人ではないものの変わっている。
いわば変人。
そして家が隣同士である。
いわば幼馴染。

そんなこんなで生まれてからずっとの付き合いになる俺たちは正反対だった。

明るく社交的な俺に対して、根暗で人見知りな彼。
しかし、唯一違わないのは顔の綺麗さだった。
俺から見ても名前は美少年である。またその顔も女子のように白く綺麗な二重の目だった。
長い前髪がそれを隠してしまっているが。



『あぁ、涼太君。見てよこれ。』

「なんスか?」


学校でもよく話すほうだった。寧ろ話し易く一緒にいても疲れない相手。
居心地が良かった。


『これ、生物の先生に譲ってもらったんだ。』


そこにあったのは“クジャクヤママユ”とシールが貼ってある標本だった。
あぁ、そういえば、あの時主人公が壊した蝶…いや、蛾だ。
その蛾の名前はこいつだ。
クジャクヤママユ。蝶のようだが、蛾なのだ。


『前からいいなって思ってたんだけど、この間新しいのが手に入ったからって譲ってくれた。』

「そうッスか…。」


そう言って、笑顔で話す彼を見ていると、なにか赤黒いものが腹の底に煮えたぎっているような気がした。
そしてその想いは、死骸となった蛾を見た時に更に膨れ上がった。




ある日。彼の家に行った。
親戚から野菜や果物がたくさん届いたため、お裾分けに行ったのだ。

生憎名前は図書館に行ったためいなかったが、今名前の家にいると彼に伝えると、彼は聞いて欲しい事があるからすぐに戻ると言った。
彼の母にその旨を伝えると、「じゃああの子の部屋で待っててくれる?」と言われた。


彼の部屋に入ると、以前来た時よりも格段に標本が増えていた。
昆虫だけにとどまらず、何かの骨まであった。

狂ってる。

素直にそう思った。
そして俺はまたそんな標本たちを見て苛立ちを覚えた。




『お待たせ。涼太君。』


しばらくして、名前が帰って来た。どうやら図鑑を返しに行っていたらしい。


「いや、大丈夫ッス。それよりこの骨?みたいなのってなんスか?」

彼の机にあった白いものを指さす。
彼は俺の指す先にあるものへゆっくり視線を動かすと思い出したように言った。

『あぁ、それ…。庭でね、小さな雀が死んでいたんだ。きっと野良猫の仕業だろうけど…。』

「え、それ標本にしたんスか?」

『いや、埋めたよ。でもまた掘り返されちゃったみたいで…。少し白骨化しかけてたから標本にしちゃおうかと思ってさ。』

あぁ、また彼は嬉しそうに話した。
標本の何がそんなにいいのかが理解できない。
そのうち人間も標本にしそうで怖い。

「そうなんスか…。」

『引いた?』

「え…。」


彼はにっこりと口元を弧の形にして微笑んだ。
俺はそんな彼が堪らなく怖かった。
でもどこか、美しく思った。


『ねぇ、涼太君。』


俺を見て、彼は問いかけた。
見つめる瞳の奥は、まるで昆虫のように暗く見えた。


『もしも僕が、人間を標本にしたいって言ったらどうする?』

「え…?」

『もしも、死んだ人間を防腐処理してそのまま取っておきたいって。綺麗に着飾っておきたいって言ったらどうする?』

「名前…?」

『もしも綺麗な顔をした人をずっと取っておきたいって思って、その人を僕が殺してしまったらどうする?』

「なんで、そんな話…。」

『僕はね、涼太君が綺麗だと思うよ。お世辞でもなんでもなく。』


彼はそう微笑んで、いくらか身長差がある俺の頬に手を伸ばして続けた。


『君のその綺麗な瞳を抉って取っておきたい。
 この柔い綺麗な肌をひん剥いて中の肉を見て見たい。
 その骨ばった手の皮膚を剥がして神経を触って見たい。
 胸の上から浮き出る鎖骨を生で見て触ってみたい。

 …でも、一番君が綺麗なのはすべてが整ってる今のその状態なんだよ。』


そう言ってうっとりと笑う彼が、とても美しく見えた俺も、相当狂っているのだろうか。

俺は笑った。


「名前のためなら、標本にだってなれるよ。」


そう彼の唇を喰い千切る様に自分のそれを押し当てる。


新しく、ぞわりとした恐怖にも似た好奇心と快感があった。



「閉じ込めたいと思ってるのは、名前だけじゃないんスよ。」




人はこれを狂気と呼ぶが、俺たちはこれを愛だと言い張る。

不意に壁に飾ってあった蝶…いや、蛾の標本が落ちた。
箱の中から飛び出したのは、粉々に砕けた色とりどりの羽だった。

美しいが、あまりに脆い。
俺の腕の中で頬を朱に染め項垂れている彼を見て、
またぞくり、と身体が痺れた。



 

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