短編裏BL

□求めるキス、それ以上
1ページ/2ページ








※付き合っていません



───────────────────


「ふわぁ…、ん…、今日は…案外早く終わったな。」


「そうだね。特に大きなミスもなかったし。ていうか、大きな欠伸、やめなよ。みっともない。」


“ここ、駅のホームだよ。”

藍が毒を吐くのは家でも事務所でも仕事場でも変わらないこと。
“わかってるよ”と、そうため息をつきながら俺はもう一度出そうになる欠伸を噛み締めて藍に答えた。

「まったく、仕事終わったからって気、抜きすぎなんじゃないの。」

「だって今日の仕事、ほんと緊張したんだよ。昨日もちゃんと寝れてなくて。」

「体調管理は大切だって何度言ったらわかるの。」

「そりゃあわかってるけどさー…。」


藍の小言もいつも通り。
先輩面しやがって、とかたまに思う。それでもこいつは完璧なアイドルであって、憧れそのもの。

っても、俺とは系統違うから、立ち居振舞いとかは参考にならないけれど。アイドルとしての姿は尊敬もするし同時に抜かしたいなんてライバル心もある。


「……ちょっと、何?さっきから人の顔ジロジロ見て。」

「えっ?あ、いや…その、藍って、サングラス似合わないなと思って。」


今回の仕事は近場のスタジオとかではなく、少し遠い地方のスタジオでの収録だった。普段なら知り合いの車とかで帰るのだが、今日はこの後も仕事が入っている人ばかりで、仕方なく俺は藍と二人で正体がバレないように変装して電車を待っているのであった。

「別に。ボクってバレないようにするだけなんだから似合うとか似合わないとか関係ないでしょ。」

「それはそうだけどさ…」

「文句言うならショウだって、帽子被ってる辺り大していつもと変わりないよ。まぁ、服装は変装完璧だけど。」

「そりゃあ……そうだろうな…」


そう、今の俺の格好は。あの女装アイドル、“小傍唯”の姿だ。と言っても小傍唯さえもバレてはいけないから、顔をサングラスで隠してはいるけれど。服装は完全にピンクのおとなしめなワンピースにピンヒール。そして藍と同じサングラス。

はぁ…小さいからって、なんでいつも俺ばっかりこういう役目なんだ……

ため息をつきながら藍の傍をフラッと離れて項垂れていると、藍もまたそんな俺の様子を見てため息をついた。


「ちょっと、ボクから離れないでよ。設定はカップルなんだから。」

「はぁ……誰がお前とカップルだなんて……」

「そりゃ、こっちの台詞だよ、バカ。」

手首を掴まれてそのまま引寄せられ、藍の真横に立たされた。
駅のホームに俺ら以外殆ど人がいないのが幸いかもしれない。こんなの、ただのイチャイチャしてるカップルにしか見えない。

…あー、やだやだ、藍と付き合うなんてそんな設定。
大体何だよ、人が小さいからって。ちょっと見下したようなさ…手首だって、すんなりと掴みやがって。俺だって自分より小さい女の子ならこうやって手首掴んでさ……

「……何さっきからソワソワしてるの。」

「べ、つに……」

「ほんと、ショウってすぐに顔に出るよね。」

「っ……!?!?」

羞恥心がカッと込み上げてきて、俺は思わず藍の方を見た。
そこには少しだけど俺を見てフッと微笑んでいる藍がいた。


………あ、

藍って、こうやって笑うのか…

しかも、こんなに見上げないと、俺、藍の顔見えないんだ。


見上げてから数秒して、とくんと心臓が鳴ったその音に俺は我に返り、バッと藍から顔を反らした。

な、なんだ…なんだよ今の……
なんで俺の心臓鳴ったんだよ……

今のは…、気付かれないようにしようとしても絶対藍に気付かれたよな…

藍の様子が気になって藍の方を見たかったが、どうにも心臓と、自分の表情を直すことができなくて俺は藍を見るのを諦めた。
少しだけ笑ったような声がして、“もう電車くるよ”と、そんな藍の言葉だけが耳にわんわんと木霊するように響いた。



────────────────────────




電車の中でも藍は俺の掴んだ手首を離そうとはしなかった。多分、小さいから離れないでよって意味なんだろうけれど。
これじゃあ、鎖で繋がれた犬みたいじゃねぇか…

手首を掴まれているから、俺の方から掴むことは出来なくて。それが何だかもどかしいような切ないような、そんな気分にさせられる。


なんだよ、俺。俺、藍の手を掴みたいのか?

…いや、違う、よな
犬扱いされるなら自分から離れないように手を掴むからって意味で……
……犬扱いされるのは誰しも嫌、だよな…別に“藍だから”そんな扱いされるのが嫌なわけではなく…
これが音也だろうがトキヤだろうが誰だろうがそれは変わらないはずで………


「……ショウ。」

「…………!?」

「……車内、混んできたから…ボクから離れないで…」

「え、あぁ……つーか、手首…掴んでるじゃん…」

「そうだけど…多分この先もっと混むから……」


藍はそういうと、開かない方の電車のドアに俺を移動させると、藍は俺の手を離してそのまま俺をドアに押し付けるようにして覆い被さってきた。
藍より小さい俺は当然藍に覆い被さられたら周りからは見えないであろう。それはもちろん藍の顔もそうだ。俺の視界には藍しかいなくて、藍の視界にも、きっと俺しかいない。それぐらい顔が近くて思わず俺は顔を下に背けた。


「……ふぅん、恥ずかしいんだ?顔、反らしちゃって…」

「っ、そりゃ…こんなに顔近かったら恥ずかしいに決まってんだろっ……」

女の格好しているから必然的に小声になる。
唇から漏れる吐息がお互いの唇にかかるのを感じて心臓がうるさい。

あー…、何だって俺の心臓はこんなにうるせぇんだよ…

別に、藍は何も思ってないだろうし。ただの満員電車で。俺は女装してるから端から見ればただのカップル。
何も気にする必要は無いし、心臓がこんなに高鳴る理由だって何もない。

人に押されて少しだけ苦しそうにして声を漏らす藍が色っぽいとか、そんなこと、考えてない…考えてな…………


「っ……?」


何か、当たってる…?
ドアに押し付けられた背中、の下。腰の辺り。
スカートの上から何かがモゾモゾと蠢いている。

気のせい、か…?


「……どうかした?」

「え、いや…何でもない…」

「…そう?」

俺の異変に気付いたのか、藍はそう問い掛けてきたが俺の方もハッキリしなかったので特に気にせずにそう答えた。
藍もそれ以上は追及せずに、満員電車に耐えていた。

別に、何でもない…よな?
特に何かあるわけでもねぇし…満員電車だし俺の背中に鞄か何かが入っただけとか………


「…………!?」


な、なっ……

今…今尻……


「な、………」

バッと周りを見渡したが辺りにそれっぽい人は見当たらなかった。
下を見てもそれらしき手はない。

これ、もしかして…いわゆる痴漢……


「っ……!」


ぎゅっと尻を掴まれた感覚がして、ぞわっと悪寒が身体を走った。

嘘、だろ
俺、男だぞ…
痴漢なんて遭うわけ……


……違う。今俺、女装してんだ。

いや、でも!痴漢したくなるほど女に見える女装ってのもショックだな!!


「っ……ぅ、」


誰だかわからない手がワンピースのスカートの中を這ってきた。
この辺りで男だとわからないのかが不思議だが、それでも痴漢の手は退かない。
尻に直に触れてくる痴漢の手はゆっくりと撫で回してはその感触を楽しんでいる。

あ、りえねぇ…
気持ち悪い
気持ち悪いのに、少しだけ身体が疼いているのがわかってしまうのが何より気持ち悪い。


「っ、く………」

ひたすら下を向いて唇を噛み締める。
藍には、バレたくない。

助けてほしい。
でも、ここで騒ぎになったらアイドルだってばれてしまうかもしれない。
しかも女装したアイドルが痴漢だなんて、良いネタだ。

それに、こいつには…藍にはバレたくない。


“ショウって、痴漢にも女の子だと思われちゃうなんて”

そう言って、俺が小さいことを良いことに見下して。
見下されるなんて、嫌だ。
アイドルとしての憧れのこいつに、見下されて、嘲笑されて、そんなの、そんなの絶対……


「………っ、ぅ…」

「…………っ!?!?」

痴漢の手が下半身の前に触れた瞬間、痴漢の驚いたような、息の漏れたような声が聞こえた。


「お前………男っ……?」

そう問いてきたのは真横にいた中年のおじさん。
驚くなり俺のスカートから手を離すと、彼はまじまじと俺を見た。


「嘘、だろ……これで男なんて……」


「そんなのも知らないでこの人に手を出したの?ありえない。」


困惑しているおじさんを見据えるようにして、今まで気付いていなかったと思っていた藍が突如そんなことを言い始めた。

「あ、藍…………」

「なっ…お前らホモ!?」

ホモ、って…
んなわけねぇだろって怒鳴ってやりたかったけれど、藍は俺を抑えてしれっと“そうだけど?”なんて言うからたまったもんじゃない。

「っ、おいっ……」

「良いじゃない、ねぇ?ホモでもなんでもさ。信じないなら証明してあげようか?」

「ちょっ……何言っ……んぅっ……!?!?」


ま、て…
なんで藍…俺にキスしてっ……

満員電車。周囲の目なんかたまったもんじゃない。
それなのに、今までしたことない、しかも男となんて、藍とキスなんて。
じゅっと吸われる舌がとんでもなく気持ち良くて、揺れる電車で藍との身体が密着して、たまらないほど興奮する。

ありえない。ありえないのに、悔しいけど。
もっとしてほしいと懇願してしまうほどに。


「……これで理解してもらえた?」

藍はしがみつく俺を支えながら、横にいたおじさんに首を傾げてそう尋ねた。


「な、なんで…女装なんてっ……」


「女装?あぁ…これはボクの趣味。この子を辱しめて調教してる最中だったんだけど。邪魔が入って、ボク、すごい怒ってるんだけど。……ねぇ、男ってバレたってことはどこ触られたの?ねぇ?」

「っ…!?ぁ、やめっ……!!!」


冗談かと思ったけれど、本気で触れてきた藍の手。
演技だってわかってても、本物に見えるのは、やっぱりプロだからなのだろうか。


「あーあ…、もうここ、こんなんになって。やだなぁ、こんなオジサンに触られてこんなんにしちゃったんだ。いやらしいなぁ…こんなに盛り上がってたらスカートの意味無くなっちゃうじゃない。」

「なっ……おい、バカっ……」

「へぇ……まだそんな口きくんだ。調教、足りない?それとも本当にドMに成り下がっちゃった?」


ダメだ、これはかなり怒ってる。
だって、こんな笑み、見たことねぇ。
こんな手間かけさせて、怒ってんだ。


「まったく、しょうがないから降りるよ。…オジサン、この子が女の子じゃなくて良かったね。」

タイミングよく電車が駅で止まり、藍はそう言い残すと俺の手を引いて電車から人を掻き分けて車両から出た。




→→→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ