短編BL

□寂しいと言わせて
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いつも通りの…そう、今日も何もなく一日が終わる日常のはずだった。


「じゃあ、またね、ショウ。」

「おう、またな。」


それに気付いたのは、そう言って仕事帰りの夜道を恋人と別れ、事務所の寮の自分の部屋に着いてから大分経ってからのことだった。

いつも通りに夕飯を食べて、いつも通りに風呂に入って、いつも通りに台本を読んだり、メールをチェックしたりして。

一息ついた頃だった。



無性に寂しくなった。


いつも通りの日だったのに…

さっきまで藍と一緒にいたくせに


藍に、会いたかった。



「…今…まだあいつ起きてるかな」


充電とかしてなきゃ良いんだけど


俺は机の上に置いていた携帯を手に取っては、藍の番号を着歴の一番上に見つけては発信ボタンを押した。



『もしもし』


3コール以内に藍は電話に出た。

案外早く出てきたことに驚いて俺は心の準備さえも出来ずに戸惑った。


「あ、あの…藍…」

『…ん?どうしたの?』


藍の何気無い声に、妙に安心した。

でもそれ以上に、余計に寂しくなった。


だめだっつの…
寂しい、なんて言えない。

藍だって明日の収録は早いし。
やらなきゃいけないことは沢山ある。


「…や、やっぱ何でもない!悪いな電話なんかして!」

『…いや…ボクは大丈夫だけど…』

「ごめん!お、おやすみ!」


自分からかけたくせに、逃げるようにして思い切り電源ボタンを押した。

俺、何してんだろうな
寂しいなんて言いたいがために電話したのかよ

ほとんど毎日会うくせに、俺、欲張りになったのかな


会いたい

触れたい


何とも言い難い寂しさが身体を支配して、涙が出そうになった。

それを誰が見るわけでも無いのに、何かから隠れるように体操座りをしてはぎゅっと自分の膝を抱え込み抱き締める。

胸の奥は空っぽのようで、でもそこが妙に熱くて、じわりと涙が瞼の裏に滲んだ。



そうしてから数分が経過した。

…寝よう

明日にはきっとこの寂しさも紛れてる。

寝ればきっと、大丈夫。


目尻に溜まった涙を手の甲で拭い、俺は立ち上がって二階の寝室へと向かおうとした。


その瞬間、手の内にあった携帯が震え出した。

ディスプレイを見ると、ついさっき電話を切った人からの着信に俺は通話ボタンを押した。


「…もしもし…」

『玄関、開けて』

「え?」

『じゃないと、不法侵入するよ』


急な命令に俺はよくわからないまま、玄関を開けた。


「藍…」

『…なんで、泣いてるの』



電話越しの声と、生の藍の声が交ざりあった瞬間だった。




「…なんで…」

「ショウの様子がおかしかったから来たんだけど…」


まぁその通りだったみたいだね、なんてしれっと言っては玄関の中に藍は入ってきた。

未だに呆然としていた俺は、藍が家の中に入り、ドアをバタンと閉めた音で漸く我に返った。


「電話で、本当は何を言いたかったの?」

「…え?」

「誤魔化しても無駄だからね。ほら」



早く言いなよって顔をして俺を見つめている藍。

本物の藍だと脳が認識し、先ほどまでの涙がもう一度溢れ出るには、もうそれほど時間は要さなかった。



「…寂しかった…」


「……さっさと言えば良いものを…」



ふぅっと呆れるようにして笑った藍は、涙を流す俺の頭を優しく撫でた。

我慢出来なくなって藍の胸に飛び込むと、藍はそれを抱き止めるようにして抱き締め返してくれた。

ぎゅっと抱き締めると藍は温かくて。
俺の髪に顔を埋めてくる藍が優しくて。


「…藍ー…」

「…ん?」

「……好き…」

「…普段から言いなよ、それ」

「…言えるわけねぇだろ…ばか…」

「今は言ったじゃない」

「いっ…今はっ…」



“ちょっと弱ってただけだ”




言い訳がましいけれど、恥ずかしくてそうとしか言えなかった。





─END─

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