オリジナル小説

□クラウド クラスター
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腕に妙な軋みが伝わる。
嫌な衝撃に身体が傾ぐ。
何かもかも不明解なこの世界がグラリと揺れて溶けていく。









突然の目覚めに自分でも目がクラクラした。身体に絡みつく管を引き千切ってベッドから這い出る。
「痛……」
肉体も、精神も、疲れ切ってもたつく。
「何なのここ…ってか、僕、誰だっけ?」
重たい身体を引きずって扉まで来たが、施錠されている事に気づきその場にうずくまった。
黒髪がピタリと頬に張り付く。
どうやら病院である事は確かだが、自分が何故こんな所にいるのかさっぱり分からない。
「ハハっ…記憶喪失って奴?」
自嘲気味に声にしてみても
やるせなさが胸に広がっただけだった。
東洋系の顔立ちの少年ーー。
黒い髪に整った顔は充分美少年と言えるだろう。ただ、その頭には包帯がきつく巻かれていた。ーーー痛い。
そこに留まるのも馬鹿らしいのでベッドに戻ったはいいが、疑問はキリキリと頭の痛みを締め付けた。ーーーー痛い。
ふと、ベッド脇に目がいった。
ーーー裸で放置された銃。
反射的に手で触れたみた。
冷たい感触、重い銃弾を感じる。
「何?これで死ねっての…?」
絶対やだね、感情が上手く籠もらない声で言う。自分の声が何回か頭の中で繰り返されたが無視する。
ガチャっ。
不意に、扉が開いた。
殺されるかと思って、咄嗟に身構えたが入って来たのは若い男だった。
「おっ、起きたか?心配したんだぜ、遊馬。」
遊馬。自分の名前らしい。警戒を解いて、男を見上げた。
「君、誰なの。」
動揺を見せないように尋ねた。
…筈なのだが、何故か彼は飛び上がった。
「っ⁈まさか…」
男は遊馬に近付いて頬をつねった。
「いひゃいよ、なひするほひひはり(痛いよ、何するのいきなり)」
「記憶喪失⁈そんな…」
(何なの、この男…喧嘩売ってる?)
目の前の男に激しく腹が立った。いい加減、手を離して欲しい。
「お前、名前は⁈」
「遊馬。さっき自分で言ってたじゃない。僕の事でしょ。」
「僕ぅ⁈お前、何時の間にそんな純情少年になったんだよ?」
男は堪えきれないといった様子で笑い出した。
「あのさぁ、速く話してくれない?」
殺意が湧くんだけど、と小さい、常人には聞こえないような声で呟く。はたと、男は笑うのをやめた。
ジッと遊馬を見つめる。
「お前、そういう所は全く変わってねえなぁ。」
遊馬は必死に銃に向かう手を抑えていた。
(ここで殺ったら、情報源は失われるしね…)
殺るのはもうちょい先だな、と。
そんな物騒な事を本気で考えていた遊馬であった。
* * *
「お前の名前は五条 遊馬。歳は十五。ジャパニーズだ。分かるか?」
この男は記憶喪失の意味も分かってないのだろうか。
(さっきから分からないって言ってるでしょ…)
かなりむかついたが、まだ銃は取り出していない。ここで手が出たら負け、なような気がする。
「君の名前。」
男はびっくりしたようにこっちを見る。
「君はなんて名前かって聞いてるの。」
少々イライラしてきたので相手を厳しく睨んだ。少し吊った目が気怠げに問いかけている。
「おっ、俺の名前か?」
声に出すのも億劫になって軽く頷いた。
「ザック・ハールウェイ……お前変わったなぁ。人の名前に興味なんて無かったのに。」
「じゃあ、僕は君を何て呼んでたの。」
「うっ………聞いても呼ぶなよ。」
「うん。」

「…ジャムパン。」

……想定外だった。
目の前の男にそれらしき様子は無い。(逆にジャムパンっぽい人はどんななのかと聞かれても答えられないだろうが。)
記憶を失う前の自分は相当不思議人物だったようだ。
「髪がいちごジャムに似てるらしい。」
男はそう補足した。確かに赤髪がいちごジャムを彷彿させるかもしれない。
遊馬は興味を失ったのか話題を、変えた。
「ところでさ、ジャムパン。」
「違うっつってんだろ‼」
「こっちの方が落ち着く。ねぇ、ここが何処か教えてよ。」
「最悪だ……性格の悪さは全然変わってねぇ……んっ?ここが何処かって、ロシアだよ。」
よく分からないが、自分は性格が悪いようだ。
ロシア、不思議人物、性格悪い……
徐々に集まっていくピースは単語ばかりで、より頭を混乱させた。パズルは絵柄が複雑な方が時にはめやすいと言う。
きっと、自分はシンプル過ぎて無地に近いのだ。
模様のないパズルは完成しないに等しい。
「で、外から銃声が始終聞こえるんだけど。それは僕に何か関係あるの?」
にっこり。笑ったつもりだが、表情が上手く変わらない。
(僕は表情筋も発達してなかったんだね…)
その顔はニコッ、と言うより
ギコッ、という感じで……
「怖っ‼」
「君、思ったことをそのまま口にするのやめなよね。」
「いや…にしても…怖っ‼」
ブチッ!
とうとう痺れがきれた。
「……撃つよ?」
片手に先程の銃を握ってつぶやいた。


「うわっ、分かった分かった‼
話すから!」
「……今度、騒いだらジャム全部引きずり出すから。」
ザックはもう一度何か言おうとしたが、遊馬の「何、今の方が良かった?」発言により取り消された。
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