浮気なボーイ

□事件file3
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何が始まりかっていったら、そう、あの黄色い色をした潜水艦に乗ってきたヤツのせいな訳で

″平々凡々″
そんな言葉がよく似合うこの島に、突然現れた、刺激。それすなわち、海賊。

黄色い潜水艦は海賊船には見えなかったけど、はためくジョリーロジャーがそれを証明していたのだ。

丘からは海がよく見える。
つまり、私の家の隣に建つシャチの家からも、そのジョリーロジャーはさぞよく見えていたことだろう。

おそらく私たちがこの島の中で最も早く、危険人物と認識したに違いない。

『 ピピ、お前は此処でじっとしてんだぞ』

そう窓越しに言った彼は、丘から飛び降りた。

シャチは運動神経だけはずば抜けて良かったから、丘から飛び降りたことも、海賊船を偵察に行ったことも、さほど心配はしていなかった。

見慣れないジョリーロジャーだったし、そもそも彼は誰にでも喧嘩を売るような人ではない。
それは私が一番よく知ってる。

だから、彼が家に駆け込んで来たときは目が飛び出るくらいに驚いた。

ドタバタと勢いよく玄関を開けたシャチは、私を見つけるとこう一言言いはなった


『〜〜〜っ!惚れたっ!!!!』


身体中ボロボロで瞳をキラキラ輝かせながら叫んだ彼の姿を、私は一生忘れないと思う。


シャチの治療をしながら詳しい話を聞けば、あの海賊船は″ハートの海賊団″の船だそうで。
この島から幾つか離れた島を、数日前出航した彼らは、今現在仲間探しをしている最中だという。

そこで、お目にかかったのがシャチ

いや、シャチがその船の船長さんに一目惚れしてしまい、あのハイテンションで向かっていったところ、ぼこぼこにされてしまったという訳のようだ。

そこで終わればまだ良かったものの、シャチの性格と運動能力を気に入ったら船長さんはシャチを仲間に勧誘しだしたのだ。

それでこんなに浮き足立ってるわけね…

シャチを此処まで惚れ込ます船長さんとは、一体どんな人なのか

気になり、手早くシャチの治療を終えて二階に駆け上がりベランダから身を乗りだすと見えるのは、モコモコの帽子にかなり長い長刀を背負った細身の男性。

私の視線に気が付いたのか、彼はチラリと此方を見やり、ニヤリと悪魔のような笑顔を見せた。


『……アウトライーーーーン!!!』


そう叫びながら階段を転げ落ちるように下りて、シャチのいる部屋へ向かうと、鼻歌を歌いながら荷物の整理を非始めようとしているではないか!

『ちょっ!シャチ!落ち着こ?!ね!一回落ち着こうか!』

『ん? ピピも挨拶しにいくか?惚れるぞ〜!』

にこにこと笑うシャチ
うっ…眩しい…!
でも此処で引くわけにはいかない

『シャチ、あの人、海賊!危険!怪しい!厭らしい!』

『ピピ、怪しい、厭らしいは関係なくね?』

『ある!あの人、絶対ヤバいから!目がもうイってるから!』

まだ、まともな人なら許せたのかもしれない。いや、そもそも海賊にまともな人間がいるのかと問われれば分からないが、兎に角、ヤツは生理的に受け付けなかったのだ。

そんなヤツにシャチは預けられない!
あの純粋無垢な笑顔が、さっき見たような悪魔の笑みになってしまったらどうするのだ!

コンコンコン

どうするの……


バンバンバン

「おい! ピピー?」

窓を叩く音で思考が戻ってきたらしい。 

「ほいよ、どーしたの?シャチ」

「飯、あんがとよ…っと! 」

窓から足を出し器用に座るシャチを真似て、私も同じように座る。

「なぁ、 ピピー?」

「 ねぇ、シャチー」

「ん?」

足をぶらぶらと揺らす
こうやって向かい合って話す時間が何よりも心地よくて。

「シャチはね、海賊になりたかったの?だから、あの人について行こうとしてるの?」

「あははっ、ちげーよ!あの人だから、あの海賊団だからだ!」

あのジョリーロジャー以外は興味がないんだと笑うシャチ。

「分かんない、あの人のどこにそんなに魅力があるのか…」

「 ピピにも分かるって!」

俺とお前は似てんだから!
いつかと同じような台詞を吐くシャチ。こいつ、確信犯か?

そんなことを思ってシャチに目をやれば、嬉しそうに海を眺めていて、その目線の先に誰がいるのかなんて分かっているけれど。

海の潮風が頬を掠める
この海へ、目の前の人は飛び込もうとしているのか

「…シャチ、私、鬱陶しいよね。彼女でもないのにさ、あはっ、…」

「 ピピ ?」

「でも、…でも…ね」


ガツン!!!


「っ?!いった!べ、弁慶の泣き所…っ!」

「ばーか!間抜けなこと言ってっからだ! ピピは俺の幼なじみなんだから、止めんのは当たり前なの!むしろ、止めろ!」

にかっと笑いながら、立ち上がるシャチ

「…バカシャチ」


気が付けばもう真上まで上がってしまっている太陽

あぁあー、洗濯物も掃除も何もしてないじゃん

遠ざかっていく聞き慣れた足音を耳にしながらそんなことを思った。


帽子を深くかぶりなおした

自分が酷く滑稽に思えて

シャチが凄く大きく見えて


彼の顔を、見れなかった

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