メインの弐

□密偵
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「おう、山崎ぃ。今帰りかィ」
「あ…えぇ、まぁ…」

少し虚ろな様子でフラフラと歩く山崎を見つけ、沖田が声を掛ける。
山崎はどこか少しバツの悪そうな表情で応える。

「お疲れですかぃ。どうでィ、一服してかねぇか?」

沖田に促されるままに、山崎は沖田に着いて行き、部屋に入った。

「まぁ座んなせぇ。茶、煎れてやるよ」

沖田の口から珍しくそんな言葉が出る。すると山崎は、心情が相当表情に表れているのだと自ら察する。
この人の前で、隠し事は出来ないのだ。観念し、眉を顰めて溜息をつく。

「辛いか」
「そう見えますか」
「顔に書いてある」

あぁ、やはり…

「まぁ、ぶっちゃけ…潜入先でお世話になった人を殺めるのは心が痛いもんがありますよ」

沖田が山崎の目の前に茶を差し出すと、山崎が、そうポツリと漏らし始めた。

「そうかぃ。密偵ってのも大変なんだな」
「いえ…」
「いっちょ前に人の心ってやつを持ち合わせてんだねぃ。いつも飄々として、何食わぬ顔で任務について、無我の境地で手を汚してんのかと思ってやした」
「いつもはそんなもんですよ」

山崎は沖田に出された茶の湯のみを掴んで、口を付ける訳でもなく、掌を温めるように両の手で包み込んだまま、茶の水面を見つめていた。

「自分を殺して他人になりきり、心も全て、マインドコントロールを超えた何かに動かされる部分ってありますからね…それを“情”とでも言うんでしょうかね。例えば潜入先で誰かの片腕となり、四六時中一緒に居て、“この人の為に動く自分”っていうのを演じている内に、それがいつしか本当の自分になって行く」
「そりゃスゲエや。情、ですかぃ。お前は絆されちまったってことかィ?」
「そういう事も、ありますよね」
「でもお前は任務を全うした、と。流石あの人が一目おいた密偵だ」

そう言うと沖田は席を立ち、刀の柄に軽く手を乗せた。

「お褒めに預かり光栄に思っとります…」

山崎はそう呟くと、目を瞑り、頭を下げて右手でその跳ねた後ろ毛をちょっと触ってうなじを露にした。

「で、山崎。お前さんは何処からの密偵なんでぃ」
「それはオレを処分した後に遺体を調べて頂ければ」
「そうかい。お前の口からは言わねぇか」
「はい。でも最後にひとつ、言わせて下さい。今度は純粋に、ただあの人の傍に居させてください、と」
「そいつァ向こうで本人と話し合いでもすることでさぁ」

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