メインの弐

□裏切りに似た楯
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どれくらい眠っていたのか…
視界が霞んでる。
頭がぼんやりしている。
オレは本当に目を覚ましたのだろうか。
一体ここはどこだろう。
最後の記憶を手繰り寄せる。

あぁ、そうだった。伊東の企みを副長に知らせないと。
それで、オレは斬られた。
オレ、今…生きてるのかな、死んでるのかな…?
やっぱり視界が霞んでんのか真っ白。


もしかしてこれってあの世?
やりたい事もやらなきゃいけない事も沢山あったのに、死ぬにはまだ若かったなぁ…。

みんなは…副長は…どうしてるんだろう。真選組は、あれからどうなった?
死んでる場合じゃないのに…

死んでる場合じゃ…

死んでる場合じゃねぇって!!



ガバッ

「っつ…いてて…」

あ、生きてた。
薬品の匂い。白いシーツ。簡素な間仕切り。ここは…病院か…?

「目を覚ましたでござるか」

オレは痛んだ左胸を押さえながら声の方を振り返った。

「お前っ…!」
「よかったでござる…」

河上万斉…高杉晋助率いる過激派攘夷組織“鬼兵隊”の一員。またの名を「人斬り万斉」。
オレを斬った張本人だ。

「よかった、だと?」

オレは慌てて腕を後ろに伸ばし、ナースコールを掴んだ。
途端に万斉にナースコールのコードを取り上げられ、引き抜かれた。
逃げようとして体を動かした。
万斉に肩を掴まれ制止された。
体中に激痛が走った。

「無茶をするな。安心しろ。拙者は主を殺しはせぬ。見ろ、拙者もこの様。今は人を斬る程の余力もないでござる」

万斉が腕を広げて、全体を見せるようにそう言った。確かに万斉もそこかしこに包帯を巻いたりガーゼを当てたりしていた。

「も…くてきは…なんだ…?」

痛みで息が詰まる。
万斉は掴んだオレの肩をゆっくり押し倒してオレを寝かせて掛け布団をそっと掛けた。

「主の無事を見届けたかったでござる」

それだけ言って万斉は、傍らに置いた三味線を担いで去って行った。

「山崎さーん、具合どうですかぁー?」

看護師に呼び掛けられた。

「あ…はい…」
「あら、ホントに目を覚ましてる」

看護師はカーテンを開けてオレの姿を確認すると、笑ってそう言った。

「お連れさんがナースステーションでそう告げて行きましたよ。はい、血圧と体温測りますね」
「連れ…?」
「山崎さん、ずっと寝てたから知らないのも無理はないわね。毎日お見舞いにいらしてたんですよ」
「え、あのツンツン頭にサングラスの男…の事ですよね」
「ええ。山崎さんをここへ運んで下さった時からずっと。あの方もあんなに怪我をしていらっしゃるのにねえ。はい!血圧、体温、脈ともに異常なし」

どう言うことだ。
目的は?
オレの無事を見届けたい?何の真似だ。

とりあえずオレは無事で、どう言うわけか病院で目を覚ました事と、万斉のことを屯所に知らせたかった。
痛みが体中に響いて軋む。それを耐えてオレは身の回りの物を探した。
オレの持ち物は、手帳と隊服以外何もなかった。



次の日、オレの目を覚ましたのはカーテンの開く音だった。

振り向くと、奴は居た。

「…」
「起こしてしまったでござるか。申し訳ない」
「何しに来たんだよ」
「見舞いでござる。昨日に比べて、具合はどうでござるか」
「どう言うつもりだ」
「拙者が主を刺した手前、少なからず責任は感じているでござる。生かそうと思った以上、無事にここを出るまで見届けたいでござる」
「どうして殺さなかった」

生き長らえたのは何よりだった。だけど、武士として、敵に情けを掛けられてまで生き長らえたのは、どうしても許せない。

「拙者もその時の“ノリ”が何だったのか確かめたくて、毎日ここに来ているでござるよ…」

俯き加減で居る万斉の、サングラスの奥の瞳がどこか遠くを見つめているのが見えた。

「なぁ、お前のその様を見ると、あの騒動の決着は付いたのか?伊東は…真選組は、どうなった?」
「伊東は死んだでござる」

事の顛末を訊いた。

真選組は、
土方さんは、
かろうじて無事だった。
オレはあの騒動の間、何も出来ずにいたことが悔しかった。
コイツの所為で…

「主の忠義と熱意を見たときから、拙者はこちらの負けを確信していたでござる」
「…そんな物はお前に不意にされたけどな。ま、こうして生き長らえたこの命はこれからもあの人達の為に使わせて貰うよ。つまりオレは、お前をヤるために生き返った」
「ふっ…それで良いでござる」

万斉は小さく笑ってオレの頭を撫でて去って行った。

その次の日も万斉はオレの元へ訪れた。

「何だってんだよお前は…オレの体力だって日に日に回復してんだよ。その気になりゃお前を殺すつもりでだっているのに、よくもまぁ毎日…」

そうは言ってもここに居る以上オレは丸腰で、コイツを殺す手段はない。

「主は何故拙者を殺したがる」
「そりゃだって、オレとお前は…」
「きっといつかはそうなるのでござろうな…だが今は」

万斉は唐突にオレを抱き締めた。

「暫し休戦でござる。主が拙者を殺すと言うならそれでも構わぬ。しかし拙者は主を殺しはしない」

オレに絡み付く万斉の腕を払い避けた。

「休戦なんて言ってられるかよ。お前が攘夷浪士で、高杉の下(もと)に居て、真選組にちょっかい掛けてくる内はオレは黙って見過ごすわけにはいかない」

払い避けられ行き場を失くした万斉の両腕はベッドの上に衝き、万斉はうなだれる様に頭を下げた。

「生憎拙者は、晋助に対して主のような忠義は持ち合わせては居ないでござる」

それを聞いてオレはあることを思いついた。

「万斉、お前さっきどんなつもりでオレに抱きついたりしたんだよ」

万斉は、ばっと顔を上げて頬を赤らめた。

「すまぬ…気を悪くされたでござるか」
「謝って貰いたい訳じゃないよ。どういうつもりかって聞いたの。なぁ…お前、オレのこと好きだろ?」
「…否定は…出来ぬ…」

万斉はそう呟くと、ベッドに衝いた手でシーツを握って、また顔を伏せた。
オレはその万斉の手に自分の手を重ねて置いた。
そしてその手をそっと持ち上げ、自分の左胸の、万斉が付けた傷の上に沿わせた。

「オレ、お前のモノになってやってもいいよ。オレをお前の好きなようにしていい」

すると万斉はその手の指先をゆっくりと折り曲げるように傷の上をなぞった。

「山崎…殿…」

そして万斉はオレを包み込むように抱き締めた。

「でも、交換条件。オレがお前のモノで居る間、決して真選組には手を出さないで欲しい。真選組と関わりない限り、オレはお前の望むこと全部受け入れてやるよ」

万斉はオレを抱き締めたまましばらく黙った。

「生かすか殺すか一度はお前に弄ばれたこの命(中身)だ。今更、躰(入れ物)をどうされたって構いはしない」
「今時流行らない下手なラブソングが一曲書けそうでござる。…拙者の負けだ」

そう言って万斉はオレの唇を奪った。



オレが今更真選組を、あの人達を守る手段はこれしかなかった。

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