メインの弐
□最期
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薩摩藩と長州藩が手を組み、いよいよ倒幕派は勢いを付け、もう俺達の手には負えなくなっていた。
戦が始まると、俺は心のどこかでもうお終いだと思っていた。
刀の…いや、侍(俺達)の時代は終わった。
圧倒的な兵隊数の差、武器の力の差を目の当たりにした。
目の前で仲間達は次々とやられていく。
局長も深手を負った。
俺も左足をやられた。
山崎も…今はまだ虫の息だが…
「仕方ねえ。一旦退くぞ」
その場を撤退し、松平のとっつぁんに会いに行くことにした。
江戸に戻る道中で、山崎は寒い寒いと譫言のように繰り返した。
ありったけの毛布と羽織物を山崎に纏わせたが、山崎は青白い顔をしてずっと小さく震えていた。
「すまんが、山崎と二人にしてくれ」
そう言うと、その場にいた隊士達は察して、何も言わずに出て行った。
奴らも大なり小なり傷を負っていて、出来れば無駄に動きたくないだろう事は分かっていた。
「すまねえ」
奴らは俺と山崎を見て、一息置いて、大きく頷いた。
みんな出払って、その場に二人切りとなった。
「寒いか」
血の気が引いて青白くなった山崎の顔に手を沿えた。
山崎はゆっくり目を開いたが、またゆっくり目を閉じた。
瞬き一つ、ままならない程体力を消耗している。
「ふ…くちょ……手…あったか……」
殆ど声にならない吐息混じりの声でそう言うと、ほんの少し口角が上がった。
「無理して喋んなくて良いぞ」
「言い…た、いこ…と…まだ、た…くさ…ある……」
「今じゃなくても良いだろ。いつでも聞いてやるから」
今を逃したら、次の機会はもう無いなんて、分かっていた。
だからこうして二人切りになることを頼み出た。奴らもそれを分かって、何も言わず従ってくれた。この場の状況に、山崎も、それには気付いている。
だが…
一縷の望みを託してか、俺の口からはそんな言葉が出る。
まだ覚悟は出来てない。山崎の居ない今後の俺の世界に、想像がつかない。
嘘だろ。
嘘だと言ってくれ。
誰か…
「う…そ、です…よ」
掠れた声で山崎がそう言って力無く笑う。
「ははっ…だよな。あり得ねえよ、こんなの」
知らず、涙が溢れる。
俺は山崎を抱き締める。
山崎の身体の小さな震えがふと止まる。
「だって…お…れ……」
「あぁ」
山崎の声は、もう口元に耳を持って行かないと聞き取れない。
「ど、こも…いたくな…い」
そうか、もう感覚すら…。
「で、も…ふ、くちょ…あったかい、の…わ…かる…」
山崎を抱き締める腕に力が籠もる。
「ふく、ちょう…」
「山崎」
名前を呼ぶと、山崎はそっと右手を出した。
その右手を俺の背中に力無く置いた。
「……、…」
「あぁ、わかった」
俺は紫色になった山崎の唇に、軽く唇を押し当て、涙を拭って立ち上がり、振り返ることなくその場を後にした。
部屋を出ると、隊士達はそこで待機していた。
「もういいんですか」
「あぁ」
「や…山崎は!?」
俺は何も言わずその場を立ち去った。
隊士達は慌てて部屋に駆け込んでいき、しばしの静寂の後、獣の遠吠えのような男泣きの声が聞こえた。