メインの弐

□桜
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最近、ある一人の生徒が変化を見せた。

「生徒指導室に今すぐ来い。五秒以内だぞ」

連日、その人物は校内放送で呼び出される。

数分後、生徒指導室に現れたのは

山崎 退

地味で当たり障りのない、居るのか居ないのかすら分からない様な存在の男。

「失礼します」
「来たか、常連。おせーよ。毎日呼び出されてんだからもうこの部屋の前に立っとけよ、お前は」
「うるせーなー」

死んだ魚の目をした、全く覇気のない教師、坂田銀八が机に脚を掛け舟漕ぎしながら椅子に座っている。

「で、だ。どういうつもりなの、ジミーよぉ」
「は?なにが」

山崎は、着席も促されていないが、慣れた様子で銀八の対面の椅子に腰を掛けた。

「毎日毎日呼び出し対象なんかになっちゃってよぉ。わざとか、お前?この部屋の居心地はそんなに好いか?」
「そんなんじゃねーよ。それに先生、あんたももう面倒なら呼び出さなけりゃ良いじゃないですか」
「そうしてえけどそーいう訳にはいかねーんだよ、教師って奴は」

銀八は机から脚を降ろし、姿勢を直すと机の上で手を組んで山崎を見据えた。

「ここ最近は遅刻はするし、課題は提出しねえし、そう言や進路希望の紙もまだ提出されてねえし、授業もろくに受けてねえらしいし、その内盗んだバイクで走り出したり夜の校舎窓ガラス壊して回ったりするんじゃねえのか。この支配からの卒業ってか?尾崎気取りかコノヤロー」
「古すぎて後半全く話が分かんないんだけど、先生」
「兎に角。急にどうしたんだよ。お前そんなキャラじゃなかったじゃねーか。あれか?反抗期か?」
「だから何だって言うんです」
「この時期にそんなんだと卒業させてやれねえって言ってんだよ。さすがの尾崎も"留年"なんて歌、唄ってねえぞ」
「どーでも良いよ。卒業出来なきゃオレ、辞めるし」

山崎は冷めた目でそう言う。
銀八の死んだ魚のような目など目じゃない程に、死んでいる。
どこか遠くを見るように、それは目の前の現実から目を逸らしているかのように。遠い向こうに見えるものには諦めているように。

「今になって辞めるとか、母ちゃん泣くぞ。尾崎もそこまでの親不孝はしてねえぞ」
「尾崎の話なら他の人にして下さいよ。付き合ってらんねーから」

山崎は席を立ち、部屋を出て行こうとした。

「どーせ明日も来んだろ?」

銀八はそんな山崎を止めもしなかった。

次の日、案の定校内放送が掛かる。

「毎度お馴染みの校内放送でーす。山崎、てめーいい加減にしろよ?三秒以内だ。すぐ来い」

昨日と同じように、銀八は生徒指導室で待ち構える。

「失礼します」
「おまえも案外素直な奴だな。呼び出されたらちゃんと来るんだもん」

銀八は既に、この毎日繰り返される行いを少し楽しんでいた。
当の山崎は銀八にそう言われ、少しムッとした。

「用がないなら行くけど」
「そしたら明日も呼び出してやるよ。どーせ来るんだろ?」
「こねーよ」
「いやいや、来るって。お前なら来る。で、今日の課題は?進路希望書は?」
「課題はやってない。進路希望も書いてない」
「なんで」
「めんどくさいから」
「毎日呼び出されてここに来る方がめんどくさくね?」
「…」

山崎は返す言葉もなく沈黙する。

「俺、お前はもうちょいつまんねー奴かと思ってたわ」

宙を眺め、鼻をほじりながら銀八が言う。

「ただ流されるままに生きて、進路希望も手堅い地元の大学とか、"会社員"とか書いていの一番に提出すると思ってたわ。ここに来てお前がこんなんなるなんて、俺にとっちゃ大番狂わせだぜ、ったく…」

鼻をほじっていた指先にふっと息を吹きかけ、手を払うと、頭をボリボリと掻いて山崎の方を見た。

「地味は地味なりに最後まで目立たなくていいのに、俺の中でいきなり煌びやかに目立ってんじゃねーよ。何デビューだコレ?モブだと思ってた奴が実はラスボスでした的な奴か?」

銀八は進路希望の用紙を取り出し、山崎の目の前に置いた。

「何思い悩んでんのかしらねぇが、とにかくそれは書いて提出しろ。俺もこう見えて一応"先生"だし。相談なら乗るからよ」
「書くって、今?」
「ったりめーだ。提出期限とっくに過ぎてんだよ。学年主任にドヤされるの俺なんだから。ったく何で俺なんかに三年の担任任すかなぁ…」

銀八はそうボヤいた。

「分かってたんだよ、こんな生徒の一人や二人出てくることくらい。それがまさかお前とは思ってなかったけど。つーか俺、柄じゃねえじゃん?こんな大事な時期の生徒と向き合って、真面目な話出来ると思う?」
「いいえ」
「即答すんじゃねーよ。あのな、そんな俺がお前と向き合ってやるっつってんだから、お前も少しは有り難く思えよ」
「だったらもういいよ」

山崎は席を立ち、進路希望用紙を丸め、床に投げつけた。

「めんどくさいことに付き合わせてすいませんでした。オレ、もういいです」
「まぁたすぐそう言う。だから、そーいう訳にはいかねえっつってんの。今日は帰らせねーからな」

銀八は山崎の前に立ちはだかる。
退けよ、と山崎は銀八の肩を押し避けようとすると、銀八は咄嗟に山崎のその手を掴んだ。

「今日はとことん、腹割って話そうか?」

銀八はにやりと笑った。
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