メインの弐
□みかん
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風呂場に向かう途中、総悟とはち合わせた。
「土方さん、あんたも今から風呂ですかィ?今は止めときなせェ」
「なんでだよ」
「山崎が入ってまさァ」
だからどうしたと言うんだ?
「あんたもそんぐらい気ぃ使ってやっさらどうでィ」
「だから、なんの話だ?」
「いくらあんたからの命令だとは言え、見られたくねぇもんもあるでしょう。あんたも察しが悪くていけねェや」
さっぱり話が見えて来ねえ。
俺の命令?俺があいつに何か命令したか?
「いくら何でもあんた、ありゃひでぇ。アイツもいつか身を滅ぼしますぜ」
「おい、だからなんの話だよ?」
総悟はきょとんとした顔で俺を見つめた。
「まさか土方さん、あんた、何も知らねぇんですか?」
「知るも知らねえも何の話だか見当も付いてねえよ」
「……だったらこの話は聞かなかったことにして下せェ。それと、何があっても山崎を責めねぇでやって下せェ」
そう言って総悟は珍しく俺に一礼して去ろうとした。
「おい、ちょっと待て」
総悟の肩を掴んで足を止めさせた。
「言え。そこまで言ったんなら全部言え」
総悟は肩の俺の手を払いよけて
「あんたの躾た監察(いぬ)は、御主人様のためなら食いもんにされても厭わねえらしい。アイツが優秀なのは頭だけじゃねぇ。身体も優秀って事でさぁ…」
振り返りもせずそう言い放った。
「それは…」
「俺ぁてっきり…あんたが」
総悟は頭を下げたまま振り返った。
「だから、アイツを責めねぇでやって下せぇ。後生です、土方さん…頼んます…」
「お前、いつから知ってたんだ?」
「いつからとか、はっきりしたことは覚えてやせん…とにかく!アイツは悪くねぇんです!俺はてっきり、鬼畜生のあんたの命令だとばかり…」
「あぁ、アイツは悪くねえ。ただ、聞いちまった以上、ほっとくわけにはいかねえ」
「土方さん!!」
総悟は俺の行く先にまとわり付くように付いてきた。
「待って下せぇ、土方さん!話が違うじゃねぇですか!!」
「黙って見過ごすわけにゃいかねえんだよ」
総悟が俺の腕を思いっきり引っ張って止めた。
「山崎はあんたの為だと思って黙ってやったことだろ、だったらあんたも、アイツの為だと思って黙っててやれねぇんですか!」
「だったらなおさら黙ってられねぇ。俺はそんな事望んじゃいねえって分からせにゃならんだろ」
沖田は黙って俺の腕を放した。
「どうか、責めねぇでやって下せぇ…」
そう言い残し、去って行った。
風呂場の戸を開ける。
湯煙の向こうに、山崎の影。
微かに嗚咽が聞こえた。
俺の気配を察知して、嗚咽は止んだ。
「山崎」
「…副長ですか?」
「あぁ」
「今風呂ですか?でしたらオレはこれで」
いつもの山崎の声。さっきまで嗚咽を漏らしていたとは思えない。
「何だ、ゆっくりしてけよ」
「いえいえ、オレはもういいですよ」
「聞こえてたぞ。嗚咽」
俺は山崎に近寄り、両手で顔を挟み込んで、こちらを向かせた。
「目が真っ赤じゃねえか。泣いてただろ」
「いいえ、まさか。シャンプーが目に滲みただけですよ。オレが泣く事なんて、何があります?」
「そうだな、例えば、いくら洗っても落ちねぇ汚れのことだとか」
俺の手から逃れるように顔を振った。
顔を背けて露わになった首には、それを思わせる痕。よく見りゃ山崎の体中は痣だらけだった。
山崎の手首を掴むと、山崎ははっとした表情を浮かべ、俺の手を振り払おうとした。
山崎が俺の力に適うはずはない。
ギリギリと、その掴んだ手首を持ち上げた。
「どう言うことだ、山崎。これは、縄の痕か?」
「止めて下さい!」
勢いよく腕を振り解いて俺の手から逃れると、まるで体に触らないでくれと言うように身構えた。
気持ちが萎えたので未完