メインの弐

□蟠り
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ここ最近は夜中の呼び出しで起こされることが多い。
用事は決まって「迎えに来い」と。

着信 土方さん

はぁ、今日もか。

「もしもし、山崎です」
「そりゃそうだろ、お前に掛けたんだから。吉原に迎えに来い。五分な」

プツッ ツーツーツー…

一方的に用事を押しつけられ、勝手に通話は切れる。
オレの都合はお構いなし、ですか。
だいたいさ、土方さんには鉄という小姓が付いたんだ。此の役目はもうオレじゃない筈なのに。
オレは急いで支度をして車を吉原に走らせた。

吉原入り口で、土方さんは女と立っていた。

「お待たせしました」
「おせーよ。五分っつったろ。どんだけ待たせんだよ?」
「すみません」

こっちは貴重な睡眠時間を削って迎えに来てんのに。
眠くて頭が回らなくて、反論の言葉も出てこない。
そんな言葉が浮かんだとしても、口には出せないけど。

「土方さん、もう行かれてしまうの?次はいつ来て下さるの?」
「あぁ、また近い内に」
「ほんとに?嬉しい!待ってますから。ではまた近い内に。お気を付けて」

土方さんは最近あの娘がお気に入りのようで…。
男のオレから見ても、特別可愛いとは思えない十人並みの女。
「夜の蝶」とはいえ、華やかさも特にない。
そんな娘の何処が良いのやら…。

そう、これは嫉妬。
土方さんは知ってか知らずか。
助手席に乗り込んだ土方さんからは、あの娘のものと思われる香の残り香が車内に漂う。

オレは無言のまま車を走らせる。
土方さんも無言のまま、煙草をくゆらせ、窓から流れる景色を眺めている。

対向車のヘッドライトの灯りが時折映し出す、土方さんの首筋の、情事を思わせるその痕…。

「可愛くねぇ」

土方さんがぽつりと漏らす。
小声で、でもオレにははっきりと聞こえた。
でも何故か、聞こえないフリをした。
信号待ちで車を止めた。その途端

「可愛くねえっつってんだよ!」

いきなり胸ぐらを掴まれ、そして

唇を奪われた。

「可愛くねぇ。お前、本当に可愛くねぇ」
「な…何を急に…」

その問いに、土方さんは答えてくれなかった。

また無言のまま。
車を走らせる。

人の気も知らないで…
あんたは随分勝手だよ。

「車、そこで止めろ」

どこかの駐車場。
言われるがままに車を止めた。
車内とは言え、一つの空間で何もしないでこうして二人で時間を共有するのはいつ振りだろうか。
ただ、その場の空気はあの頃より重くて、何だか少し張り詰めていて、

二人の距離はこんなに遠かっただろうか…。

「何なんだよ、お前は」

先に沈黙を破ったのは土方さん。
そしてそれは、こっちの台詞だよ。

「おめえの勘はそんなに鈍かったか?」
「何の話です」
「…なぁ、」

急に抱き寄せられ、オレの躰は少し強(こわ)ばった。
副長から漂う香りはあの頃の香りじゃない。
オレはこの匂いが嫌いだ。

「力抜けよ。なぁ、何でおめえは…」

それでも土方さんの体温は、オレを抱き締める土方さんの腕の強さは、あの頃のままだ。

目を瞑り、土方さんの背中にそっと腕を回した。

あぁ…

オレはずっとこうしたかったのに…

「俺ばっかりが必死なのか」

土方さんは珍しく震えた声でそう呟いた。

「何でお前はこんな遠いんだよ…」

感じていた距離は

「くそっ…」

土方さんがそう言ってオレの肩に頭を落とした。
微かに鼻を啜る音が聞こえて、

オレは優越感を覚えた。
それと同時に蟠りのようなあの距離感が埋まっていくような気がして
  “可愛くねえ”
土方さんのその声が何度も頭の中で響いた。

笑っちゃいそうなくらい、オレは自分が可愛くないのをはっきりと自覚した。

「不器用ですね…」
「あぁ…お互いな。打算がない分、ホントに好きな奴にはどうにも巧く行かねえもんだな…」
「そんなもんなのかも知れませんね」

オレは素直じゃないな。
全部分かってたのに。
勝手な行いを咎めて欲しかったのも、あの娘のことも、鉄のことも、全部。

全部分かっていたのに。

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