メインの弐

□走馬灯
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右も左も分からない闇の中を一人歩いていた。
何も見えないことに恐怖はなかった。
一人で居ることに恐怖はなかった。

後ろから声を掛けられた。

「おい」

その一言に振り返った瞬間、オレの中に恐怖という感情が芽生えた。

何も見えないはずの闇の中で、オレは確かに振り返りその声の主をこの目で見ようとした。
何も見えないはずの闇の中で、そこに見えたのはすっと差し出される誰かの手だった。
オレは咄嗟に自分の手を伸ばし、その手に触れようとした。
互いの指先が触れ合った瞬間、眩く発光し、オレは目をくらませ、強く目を閉じた。

次に目を開けた瞬間には、世界に色が着き、そこはもう暗闇ではなかった。
オレが今の今まで着ていた服は替わっていた。
真っ黒な喪服のような、そしてカッチリとした何かの制服のような洋装に、腰には刀を差していた。

状況が掴めず戸惑うばかりで立ち尽くしていると、前方からコツコツと踵を鳴らす靴の音が聞こえ、頭を上げて前方を見据えた。

「山崎」

前から靴音を発て歩いてくる人物、その男にそう呼ばれた。
俺はこの男を知っているのだろう。
目の当たりにして恐怖を覚えた。

男はオレの眼前で立ち止まり、ゆっくりと右手を伸ばしてきた。
迫り来るその右手に、オレは戦慄(おのの)き、今にも逃げたいのだがどうにも身体が動かず、その右手の行方をじっと目で追っていた。
道理で身体が動かないわけだ。オレはこの男に抱き締められ、自由を奪われている。
だが悪い気はしていなかった。その腕は妙に居心地良く、暖かい。
身体の自由くらい擲っても構わないほど、良いと思えた。

そして、その男の右手の行方は、オレの左胸

服を突き破り、皮膚を突き破り、骨を裁ち、オレの心臓を鷲掴みにしたかと思うと、そのままそれを引きずり出し、その男は不適に笑った。

そしてそれを、まるで握り飯でも喰らうかのようにがつがつと喰った。

その、朱にまみれた口で、オレまでも喰うかのように口づけをして、
自分の腸を取り出し、オレに喰らわせた。

オレは、
これがきっとこの男の愛なのだと思った。
喰ったからにはそれなりの覚悟を。

男の割裁かれ、開きっぱなしの腹に、オレはありったけの「魂」を詰めてやろうと考えた。

そこまで考えてオレはふとあることに気がついた。

そうか、オレは走馬灯(ゆめ)を見ているんだな。
オレは、今からあの男の腹にありったけの「魂」を詰めに行かなければならない。

次々と人の顔が浮かんだ。
それが、これから出逢う「魂」だということにも気付いた。

さぁ、もう行こう。


「おめでとうございます、山崎さん。元気な男の子ですよ」

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