メインの壱

□怪
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山崎の様子がおかしい。
非番の日に出て行ったきり、夜が明けるまで帰ってこなかった。
その日一日、身体を引き擦るように動いていた。

張り切ってミントンやりすぎちゃって筋肉痛なんですよ

なんて、訊いてもいねえのに言い訳めいたことを口にした。
非番の行動にまで一々口を挟むつもりはなかったが、業務に差し支えるなんて、言語道断だ。
職務をナメてるとしか思えない。
おめえが何処で何をしようと勝手だが、真選組の一隊士であることを忘れるなと、釘を刺した。

これは…オンナでも出来たか?

就業中だと言うのに、時折ぼーっと遠くを眺め、溜め息を吐く。
上の空。
心此処に在らず。

「テメエこの野郎!仕事中だぞ!何考えてやがんだ、ナメてんのか?」

山崎の胸座を掴み、拳を奮った。
書類の束が宙を舞う。
灰皿がひっくり返る。
山崎が目を見開く。

「すっ…すみません!!」
「すみませんじゃねえ!テメエ、さっきも言っただろうが!仕事ナメてっと、命落とすのはテメエだぞ!?真選組の隊士の自覚あんのか!?」

掴んだ胸座を乱暴に離す。
山崎は倒れ込み、殴られた頬を撫でながら頭を垂れる。

「もういい。自室に戻って頭冷やせ。今のお前は使いもんになんねえ。謹慎だ」
「え…?」
「聞こえなかったか?謹慎処分っつったんだよ。ミントンだろうがオンナが出来ようが知ったこっちゃねえが、腑抜けた野郎に用はねえ。なんなら此処で切腹させんぞ?」
「…すみませんでした」

山崎は、手際良く散らばった書類を纏め、ひっくり返った灰皿の処理をして部屋を出て行った。

近藤さんに山崎を謹慎処分に科したと伝えた。
何を早まったことを、勝手なことをとどやされたが、山崎の態度と理由を言えば、深く肯いた。

「一週間、様子を見てみるか」

山崎の謹慎は一週間に決まった。


山崎に謹慎期限の決定を告げに行くと、山崎は、何か紙を一枚手にし、それを見つめていた。
山崎の表情は、見えなかったが、その紙は

桂小太郎の指名手配書だった。

「山崎」
「!」

俺の呼び掛けに驚いて肩を跳ねさせると、持っていた紙をくしゃくしゃに丸めた。

「はい、なんでしょう」

取り繕った冷静さを演出し、山崎が振り返り返事をする。

「謹慎だっつったのに、仕事熱心だな。尤も、今の腑抜けたお前にゃ、桂をどうにか出来るとは思えねぇがな」

山崎の表情が、ほんの一瞬だが、明らかに動揺した顔になった。

「なんの動揺だ?」
「いえ…」
「まぁいい。おめえの謹慎期限が決まったから報告に来た。一週間だ。隊服と刀を返上しろ」

そのとき思った。
一週間じゃどうにもなんねぇかも知れない。
今のアイツの目は、剰りにも正直すぎる。
これは、人を欺く内偵の仕事では命取りだ。

あの目…
アイツは、桂に惚れてるな…。


監察方の島田を呼びつけ、命を下した。

「謹慎中の山崎を見張れ。場合に因っちゃあ、斬れ」
「なっ…!どういうことですか!?」
「とにかく見張れ。俺の思い違いならそれで良いだけのことだ。今はお前は何も知らなくていい。見てきたことだけを、俺に報告しろ」
「…は。承知」
「下がれ」

斬れとは言ったが、本当にそんなことは望んじゃいねえ。
何かの間違いであってくれ。
俺の思い違いであってくれ。


謹慎初日から、動きがあった。
夜中にこっそり抜け出しやがった。
山崎が歩いた後の廊下には、ほんのりと白粉の残り香が漂っていた。
あの莫迦、抜かりすぎだ。
女装していた事すらこうして俺にバレてんじゃねえか。

島田からのその日の報告で、山崎が抜け出して行った先が分かった。
カマッ娘倶楽部というふざけた名前の、飲み屋だった。
そこへ女装して出向くって事は…あいつ、バイトでもしてんのか?
公務員が副業だなどと、以ての外だが斬る理由にはならんな。
まぁ、セーフだ。

だがその事情も変わったのはすぐのことだった。
島田がやられた。
山崎を張ってる最中(さなか)に通り魔に斬られた。


つづく?

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