メインの壱

□全部バレてるっつーの。
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夜中に帰ってきた彼からは安っぽいボディソープの匂いがした。
オレはソファの上で寝転がって目を瞑り、読みかけの雑誌を胸に伏せ、今の今まで待ってた体(てい)を演出する。

オレを真上から覗き込む彼の気配がして、薄目を開ける。
此処までの彼の行動は音もなく、息を潜めて、オレを起こさないようにと、でもそれは気遣いじゃなく、今此処で目を覚ましたオレに何か言われるのを恐れての行動だと思う。

目が合えばぎくりとした表情と、「わりぃ、起こしたか」なんて、白々しい台詞。
オレは何も言わず手を伸ばし、彼のその手を取り、手繰り寄せれば、彼はバランスを崩し、よたりながらオレの上に倒れ込む。
体格的にも、力的にも、オレが手繰り寄せて簡単に倒れ込むような人じゃないのに、そうされるのを分かって、待っていたのではと思うほど簡単に倒れ込む。
安っぽいボディソープの残り香を漂わせながら。

やはり何も言わず、彼の瞳の奥を覗き込めば、分かった、分かったよと、言わんばかりに少し呆れたような微笑みで、目を細め、ゆっくり顔を近付けキスをする。

さっきまで、誰かとしていただろう行為をせがむ。
今のオレの心境は、本当はそんなもの欲しくも何ともない。
募る怒りと不安がそうさせる。

この唇は、さっきまで誰に触れていたの。
この手は、誰を撫でていたの。
この胸は、誰に触れられていたの。
ここは、誰の中にいたの。
指先に嫉妬を込め、彼に触れる。

さっきまでの誰かとの感触を全て、オレの手で上書きできればいいのにと思う。

交(まじ)わって、身体を
交(か)わして、オレから染み出すもの
そして早く、その匂いを洗い流してきて。



オレが泣いて喚いて怒鳴り散らして咎めるよりも、こうして、冷静になった彼は、声に出さない反省に心中苛まれるのだ。
そしてオレはやはり何も言わず、彼と居る明日を迎える準備をする。

このやりとりが何度目だとか、そんなことはもうどうでも良い。
面倒なことは抜きにして、とにかく彼がオレと居てくれたらそれで良い。

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