メインの壱

□翳りゆく部屋
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それは、随分と穏やかな日だった。
珍しく二人きりの時間がとれた。

夕暮れ時の、西日が少し熱く、顔を照らし当てるこの部屋で、
山崎は、沈みゆく夕日を眺めながら物思いに更けていた。
そして、遠い目でぽつり

「こんな夕日を見るとね、胸の傷が疼くんですよ。オレが万斉にやられた時も丁度、こんな夕焼けでしたね…

「あの時か…色々すまなかったな、お前には本当に感謝してる。よく生きててくれたな。…その、なんだ。あ…ありがとな」

山崎が、フッと鼻で笑った。
俺も、柄にもねぇこと言ったなと少し照れた。

俺の顔を見た山崎が、その目を細め微笑んだ。

「いえ。あの時、命を懸けて守りたい存在に気付いたんです。こんな幸せなことはないって。何もなかったオレには、貴方の存在が有り難かったんです」

命を懸けて

その言葉がずっと頭の中で鳴り響いていた。

山崎は、夕日から目を離さず、左の懐に手を入れ、爪の先で傷跡を掻いていた。

遠い目。
何を見ている。
お前は、夕日なんか、見てないだろ。

「お慕いしております、副長」

さっきまでの遠い目が、光を取り戻し、しっかりと俺を見据えた。
両腕を一杯に開き、その胸で、俺の頭を包み込んだ。



翌日夜半、山崎の訃報が入った。
俺の命を狙う過激派攘夷組織の所在を突き止め、あいつは一人、乗り込んだ。
組織はそれ程大きくなかったようだが、ほぼ壊滅状態だった。
下っ端共の屍の山。
組織の筆頭がギリギリ虫の息で拘束された状態で確保された。
あいつの最期の仕事は総てに於いて抜かりなかった。
真選組の一隊士として、監察として、諜報員として、立派な最期だった。

俺の時は止まった。

そんな俺を無視するように、時間は過ぎていく。
山崎を送り出す儀式は滞りなく行われていく。
俺は呆然とその場に居るだけだった。
一つ、感情が在ったとしたらそれは「期待」。
あの時のようにひょっこり戻ってくるんじゃないか…
そんなワケがないのも解っていた。
俺は、もう人として機能しない山崎の、その冷たい左胸に、手を当てたのだから。
今まで触れた山崎の体温の記憶をすべて覆すほどに、冷たいその肌の感触が、今でもこの手に残っている。

クッソ、涙も出ねえ。


山崎が、煙に姿を変えて天に昇っていく。
その場から離れ、震える手で煙草を吸った。
何日振りの煙草か。味もよく分からない。
思えばこの煙草も、あいつが買って来た最後のストックだったな。
俺は煙草の箱を握り締め、そのまま隊服のポケットに突っ込んだ。
俺が煙草を欲しているとき、絶妙なタイミングで煙草を差し出してくれる奴はもう居ない。
この一本を、最後にしよう。
そう思うと急に目頭が熱くなり、
泣いた。

込み上げる嗚咽と、嘔吐感。
吐いた。何も出す物もないのに何度も吐いた。
誰も俺の背中をさする奴は居ない。
こんな時、黙って隣にいてくれる奴は居ない。
もう居ない。

涙を拭ってくれたその手も、俺を包み込んでくれたその腕も、気の利いた言葉も、
もう何もない。

(どんな運命が愛を遠ざけたの)

初めから決まっていたことだ。解っている。遅かれ早かれこうなることは、最初から決まっていたこと。
どうせ俺らの命なんて、並の人間の一生よりずっと短いのは、承知の上だった。
すべて、理解はしていたんだ。
だが、永遠があると勘違いしていた俺も居た…。

改めて、絶望感に膝から崩れ落ちた。
情けない。情けない。何もかも、情けない。
声を上げて泣いた。

「あんたの魂がここで枯れても、もう山崎は帰って来やせんぜ。あんたの日々が輝いてたのは、確かにあいつの御陰だったかも知れねえ。だがあんたはこれからも生きて、真選組とあいつとの約束を守っていかなきゃなんねえんでさぁ。それを望んであんたを守ったあいつを、無碍にするんじゃねえ!!」

総悟の拳が俺の頬を鋭く抉った。
総悟も顔を歪めて泣いていた。

「あんたの命を狙ってるのは、何も彼奴等だけじゃねえ。山崎が命を懸けて守った命、大事にしやせぇ。次、あんたが山崎に会えるのは、俺からのプレゼントってことでさぁ」

「総悟…」
「それまで生きろ、土方コノヤロー」



なんだこれ

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