メインの壱

□犬
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忠犬。俺のかわいい大事な忠犬。
耳や尻尾は付いていないが、こいつの豊かな表情や、全身の表現の向こうに、それが見えるような錯覚があった。
俺はブリーダー宜しくこいつを仕付け、手懐け、愛でてやる。
こいつは尻尾を振って喜ぶ。

今日は散歩に連れて行ってやろう。

『山崎』
「はい、なんでしょう!」

一声掛けただけでもう、餌を与えられるんじゃないかと尻尾を振って待っている。

『今日の午後からの見回りは俺とお前だ』
「…!やったー!!」

山崎は満面の笑みで片腕を大きく掲げた。
単純で馬鹿可愛い。

「久しぶりの′デート′ですね!あぁ早く午後にならないかなぁ」

並の恋人同士のようには振る舞えない俺達は、時たまこうして見回りのペアを組んで、仕事に恰好付けてデートの真似事をする。
山崎とペアを組むことが職権乱用?そんなもの、理由はいくらでも後から付けてそれらしくすればいい。
尤も、他の隊士がそこに突っ込んでくる程の頻度じゃないが。

『見回りが終わり次第、今日の業務は終わりだ』
「それって、副長もですか?」
『あぁ』

山崎の顔が一層パーッと明るくなり、目を見開いて笑っている。

『夜は、俺の部屋に来い』
「はいよっ!!」

山崎はそわそわニヤニヤしながら、書類整理の作業に戻る。
ずっと尻尾を振っている。
もしこいつが本物の犬だったら、今頃その尻尾は、振りすぎて千切れているだろう。

可愛くて、可愛くて、こいつの喜ぶ顔が見たくて、ついまた餌を与えてやりたくなる。

午後からの見回りは、大抵は屯所で昼食を穫ってから出発となっているが、
それは決して規則ではない。

『おい。そろそろ行くか』
「え?でもまだ昼飯が…」
『たまには外で食おうや。そしてそのまま見回りに行けばいい。お前、何が食いたい?』
「ご馳走してくれるんですか!?」
『たまにはいいだろう。ほら行くから支度してこい』
「ゥウーーーッ副長!!なんかオレ今日すっげー幸せです!急いで支度してきます!」

山崎は駆け足で自室に戻って行った。
俺も刀を腰に差し、首もとのスカーフを整え直し、煙草をくわえ、山崎を待った。

煙草一本吸いきらない内にバタバタと足音がした。

「副長!お待たせしました!!」

息が上がっている呼吸音がする。
だがこいつの顔は苦しそうではなく、嬉しそうに笑っている。

『遅ぇーよ!支度は五秒以内にしろ!』
「えぇー、無理っすよー。オレ、今日は結構頑張ったんすよー」

そんな会話をしながら歩みを始める。 


一応業務だから、′デート′と言えるような甘い雰囲気はないが、こいつとこうして並んで歩いている時間は、腰に刀なぞと物騒な物を下げている事をも忘れさせるような穏やかな気持ちにさせる。
馴染みの定食屋に入り、いつも通り、俺は土方スペシャルを、こいつは鶏南蛮そばを頼む。

『お前はいっつも鶏南だな。たまにゃ奢ってやるって言ってんだからもっと良いモン食やぁいいのに』
「良いんです。無難でハズレがないから好きなんです。」
『ふんっ、地味な奴にはお似合いだな』
何故か妙に納得して、茶を啜った。
無難でハズレがない地味なお前が好きな俺も同じだな。
そして運ばれてきた飯を食う。
こんな地味な、何の変哲もない鶏南を、こいつは特別な飯でも食うように、嬉しそうに、美味そうに食う。
そう言うことなんだ。何でもないことを、こいつはそうやって特別な色にしてくれる。
そんな表情をするお前が好きだ。

「はぁー、御馳走様でした!」
『ぅしっ、行くか』

こんな満足そうな顔をするんだ。奢ってやるのにちっとも苦でもない。

「ねぇ、副長?」
『ぁん?』
「オレ達、普通に恋人…ですね」
『はぁ?』
「オレ、幸せです。あなたにこんなに良くして貰って」
『そうか』
「オレ、男ですんません」
『はぁ?今更何言ってんの?』
「気を使わせちゃうこと、やっぱ多いじゃないですか」
『んなこたぁねーよ』
「フフッ」

お前が俺の忠犬で、俺が飼い主だとしたら、それはブリーダーとしての義務なんだろう。
俺がお前を選んだんだ。愛でる義務があるんだ。

人気の少ない入り組んだ路地に差し掛かっている。
俺は山崎の指に軽く触れた。
山崎は振り返り、赤い顔をして俺の目をじっと見つめた。

『手』
「手…?」

こっちも照れて何も言えず、黙って手を差し出した。
そして、そんな俺を理解して、山崎は満面の笑みで頷き、俺の手を握った。
指を絡めた恋人繋ぎで。

「フフッ」

勝手に走ってどっか行っちまわないように。
繋いでおくのもブリーダーの義務だろう。

本当はいつでも繋いでいたいんだ。
手も、躯も、心も、お前の総てを。
そんな事は言ってやらねぇけどな。

お預けも仕付けの一つなんだよ。

「フフッ」

いや、′待て′かな…?

いつかはゴーサインを出してやろう。

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