捏造回顧録

□捏造回顧録2
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「おっと。稽古の時間だ。俺は行くぜ」
「うん。頑張ってね、総くん」
「…」

その瞬間、山崎はいつも寂しそうな顔をする。
門下生でない山崎は、「稽古の時間だ」と言って、行ってしまう総悟との間に大きな隔たりを感じていた。
それは原田との間にも感じていた。
門下生ではない自分が、ここには来てはいけないのだと。
ここから先は、自分は入れないのだと、ずっと感じていた。

入門したいと強く思ったが、貰われ子という立場の遠慮から、育ての親には言い出せなかった。
生きるには何不自由なくして貰っているのに、それ以上の負担を負わせることは出来ない。

山崎は道場に遊びに行かなくなった。


「そういえばあのちびっこいの最近見ないなぁ。総悟、喧嘩でもしたのか?」
「してないよ、近藤さん。第一、あんなひょろいの喧嘩の相手になんかなりゃしないもん」

山崎が道場に遊びに来なくなって二週間が経った。

「次の休み、俺また実家の薪割りに帰るんで、そん時会って様子見てきます」
「あぁ。みんなまた遊びに来るの待ってるって伝えといてくれ、うのさん」

原田は、山崎の性格上「なぜ遊びに来なくなったのか」を察していた。

(またつまんねぇことで思い悩んでんのか?鬱ぎ込んでなきゃいいけどな…)

休みになり、原田は村に戻るなり一番に山崎の家を訪ねた。
すると、庭では拙い動作で一生懸命に薪割りをする山崎の姿があった。

「山崎」
「あ、原田お帰り!」

原田の声に振り返る山崎の表情は明るかった。
少し日に焼けたのか、健康的になったようにも見えた。

「なんだ。全然遊びに来ねえから鬱ぎ込んでんのかと思ったぜ」
「ん、まぁね。毎日遊び呆けてるのもなんだから、家の手伝いでもしようかと思って」

山崎は笑顔でそう答えた。

「原田が居なくて手薄な分、原田んちの畑仕事と薪割りもたまにやらせて貰ってるよ」
「そうか。頑張ってるな」
「うん」
「たまには道場に顔出せよ。みんな心配してたぞ」
「うん。そのうちね。実はオレ、あそこに入門しようと思ってるんだ。瓦版の配達のバイトも始めたんだ。何ヶ月、何年掛かるかわかんないけど、お金貯めて、あそこの門下生になるよ」

前向きな山崎の姿を見て、原田は安心した。

「山崎、こんな薪じゃ火はくべねえ。薪割りのコツを教えてやる」



「おう、うのさんお帰り。どうだった、あのちびっこいのは」
「あぁ、元気でしたよ。いつかこの道場に入門したいって言ってました」
「そうか!それは楽しみだなぁ」
「あのひょろこいのがここの稽古についてこれるんですかねぃ」
「それは心配要らんよ、沖田くん。あいつ今、頑張って畑仕事手伝ったりして少しは逞しくなったぞ」
「へぇ。少しは張り合えるようになってくれなきゃ、遊んでても面白くねえから、次会うのが楽しみだな」

試衛館の皆は山崎の仲間入りを心待ちにしていた。
しかし、いくら月日が経っても山崎が道場に顔を出すことはなかった。



世の中は、攘夷派と幕府派の争いが日に日に激化していった。

「退、話がある」
「なんですか、お父上」
「これからの時代は…」

つづく

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