捏造回顧録
□捏造回顧録19
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日も暮れ、道場の掃除も一通り終わった。
「お疲れ様。お茶、出しますね」
「あ、いえ、お気遣いなく」
「いいじゃない。家に帰ってもひとりぼっちで寂しいだけだし、私、もう少し山崎さんとお話ししていたいのよ」
「そう言うことでしたら…お体に障りますし。オレ、やりますよ。ミツバさんは座ってて」
山崎はお茶を入れに席を外した。
客間として使っていた、ちゃぶ台一つだけが置かれた四畳半の小さな部屋。
山崎が戻り、ミツバにお茶を出し、自分もその場に座った。
「ありがとう、山崎さん」
ミツバが微笑む。
(笑顔が素敵な人だな。こんな可愛い人なのに、何で土方さんは…)
山崎は、ミツバの思いも土方の思いも知っていた。
「山崎さんって、一緒に居ると屈託なくて素敵な人」
「え?…いやぁ…」
「適わないわ…」
ミツバは山崎を見つめてそう呟いた。山崎の心臓が一つ大きく脈を打ち、跳ねた。
「私、十四郎さんに付いて行きたいって言ったの。冷たく突っぱねられちゃった。“知らねーよ”ですって。私の入り込める隙なんてなかったのね」
ミツバが淡々と語る。山崎は少し顔をひきつらせながら聞いていた。
「そうよね、私なんて体も弱いし、人のために何か出来るような力もないし、足手纏いにしかならないわよね」
「そんな事…」
「いいの。本当の事よ。私はあの人にとって負担にしかならないもの」
「あの…でも、ミツバさんは、優しくて、しっかりしてて、それで…笑顔も可愛くて、美しくて、素敵な人です…」
「ふふっ、ありがとう。お世辞でも嬉しい」
ミツバが笑うと山崎も力なく笑った。
「でも、それがあの人にとって何になるのかしら」
ミツバが笑ったまま首を傾げて山崎に返事を煽る。山崎が返事に困る質問をしていることはミツバ自身も分かっていた。
山崎には何も答えられなかった。
「私はてっきり、山崎さんはあの人に…あの人達に付いて行くんだと思ってたわ」
「え?」
誰も彼もが口を揃えて同じ事を言う。その話をされる度、山崎の心は痛んだ。
「あなたは、あの人に付いてきて欲しいって言われたんでしょ?」
「いいえ、そうは言われてないですけど…来ないのかとは訊かれました」
「そう…誰が見ても、あの人が必要としてるのはあなただって、分かってたのよ」
山崎は俯いた。膝に置いた手が少し震えた。
「オレこそ足手纏いですよ…」
「そうかしら」
「だってオレ、武士になるつもりもないし、安易に付いて行って死ぬ覚悟もない。自分のことに精一杯で、江戸や…ましてやあの人達を守ることすら出来ない。そんな気持ちでどうして付いて行けると言うんです。あの人達に失礼でしょ」
「随分はっきり物をおっしゃるのね。それは私に対しても失礼だと…言うのよね?」
ミツバは笑顔を崩さないまま山崎に言うと、山崎はミツバを見返した。
「仮にもしそうだとしても、そんな気持ちを許されないのは男のオレの方なんです」
ミツバはハッとした。山崎が、自分は思いもしないことを気持ちに抱えていることを知った。
「…やっぱり適わないわ。あの人、十四郎さんと、山崎さんの絆には。だって、十四郎さんはあなたのそんな思いに気付いていたのに、それでも付いて来て欲しいと願っていたもの」
(今更だよ、そんなの。オレだって出来ればあの人と離れたくなかった。だけど、)
「オレ、土方さんと同じ男として、分かるんです。大事な人の幸せのために、時には突っぱねてでも、身を引くことも大事だって。ねぇ、ミツバさん…オレは、あなたはちゃんと愛されてたと思う」
山崎はそう言うと、なんだか少し吹っ切れたような顔をして笑った。